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 今度の火曜日から一週間、用事でオランダに行ってきます。アムステルダムとロッテルダムを巡ってきます。詳しい報告なんぞは、また後日にでも。

 まだあまり公表してなかったのですが、今回のオランダ行きは、今後の計画に深~く関わるものです。もう良い時期だとも思うので、少しお知らせいたします。

 実は実は、音楽大学に入ろう!計画が進んでおります。オランダの訪問先も、現地の音楽院(Conservatorium)です。やはり将来的に音楽制作を進めていこうと思い、こちらで知り合った人(音楽関係者)に相談していたところ、「オランダに行け」と勧められたのが、そもそもの発端です。自分の実力はまだアマチュア・レベルだと分かっているし、それを業務用レベルに上げていくには、専門の学校で学ぶというのも価値があるなと思ったわけです。

 実際「今からまた大学に行くのか?」という点では随分悩むところも多かったのですが、本気でやろうと思うんなら腹くくらにゃいかんばい、という結論に至りました。あまり学んでこなかった音楽知識は入試レベルじゃ全然ないし、入試というカタチで自分の制作能力も厳しく判定されるわけですが、本気でやるんなら、やはり重要なことだとも思います。決意した当初は「まじ怖ぇ~」を連発するほどビビってましたが。

 そういうわけで、くそ長い時間をかけて初めて書き上げた(楽譜は苦手)完成版楽譜2本と録音を携え、音楽院・作曲コースの教授を訪ねてきます。どうも連絡がつっかえがちで、本当に教授と会えるのか若干の不安もありますが、とりあえず日程の確認はしてあるので、行ってしまえばどうにかなるはずです。


 今後の予定としては、まず7月末に日本に戻ります。しばらくは日本で準備期間。実際の入試は、早ければ来年・春の予定。4月の作品選考で選ばれれば、現地での試験に臨めます。


 そんな、今後の予定。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-29 15:39
d0014524_484956.jpgI have made a bow. It has taken about 7 months... Of course I didn't work without break, but maybe I have worked over 40 hours to make it. Almost all I have worked only with pull-knife (with blue handle / see photo). As the knife cuts well, the surface would be like a mirror. Very beautiful. I love this bow.

 約7ヶ月かかった弓作りが、ようやく終了しました。もちろん休みなくやってたわけではないのですが、計40時間以上はかかってるはずです。もっとかかってるかもしれません。弦をはずした長さは自分の身長と同じで、いまの調整では55cmほど弦を引いたとき約20kgの力がかかる状態です。


 思えば最初はただの太い木の棒でした。そして最初っから手間のかかる仕事でした。まずナイフで年輪の層に沿って表面を削り、同じ一枚の堅い層が表面に出るようにしました。表面が同じ層でないと、曲げた時に割れやすいから、というのがその理由。
 年輪は分かりますよね? その年輪の層にナイフを沿わせていくわけです。ふつう見る年輪はただの輪ですが、こうして立体的に捉えるのは新鮮でした。木の内部にある層の流れを感じながらナイフを運ぶという、なんとも新鮮な体験でした。

d0014524_495486.jpg 続いて、ある程度まで機械で弓の形を切り出した後、ひたすらナイフを走らせ、完成形を削りだしていきます。もう、ほんとに「ひたすら」でした。削るには果てしなく時間がかかるし、でも急いでえぐり過ぎるとダメになってしまうし、という過酷な作業。もう腹をくくって、出来るだけ美しい仕上がりになる事だけを目指し、ゆっくりじっくり根気強く仕事することにしました。(右上の写真が使った引き形ナイフ)


d0014524_4101462.jpg 最終段階が近付くと、実際に弦を張ってみて弓の曲がり具合や張力を見ながらの非常に細かい仕事になっていきます。その繊細さたるや、0.1mm削るか否かで曲がり方に違いが出るほどです。何度も弓に指を這わせ、指先の感覚で厚みや凹凸を測りながら、細かくナイフを走らせました。時に激しく、時に細やかに… まさにそんな感じでしたね。


 もの凄く時間がかかりました。周りではもっと速く完成させている人もいたんですが、一人ひたすら美しい仕上がりを目指して粘った結果、裏側のえぐった方の表面は、なんと鏡のように光沢が出るほどに仕上がりました。ナイフ仕事の方がヤスリより美しく仕上がることを知った瞬間でした。年輪の層に合わせた方の表面も、肌触りが最高に良い。完成した弓の曲線も、とても良い。弓作りを担当してたスタッフからも、だいぶ良い評価を頂きました。そして何より、自分でかなり気に入りました。なにせ愛情を注ぎ込んでますから。

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 これほど長い時間をかけて木という材質と向かい合うことは、今までありませんでした。寸法どおりに裁断してひょいひょいひょいっ、というのとは次元の違うモノ作りをやった気がします。いま出来上がった形は、この目の前にある材木の、世界で唯一まさにこの部分の素材と、他でもない自分との関係ゆえに出来上がったものなんですよね。そう思うと、なんだか感慨深いです。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-26 04:12 | Jugendseminar
We planted trees for beavers.
ビーバーのために植樹してきました。

d0014524_22414341.jpgThere is a organization for the conservation of nature, NABU, and we did this project a bit together. Beavers are living by the river "Aach", and they need trees for their living. We went to Radolfzell by Bodensee, and worked by the river.

 NABUという自然保護のための組織があって、ちょっとだけ活動のお手伝いをしてきました。Aachという川沿いにはビーバーが住んでいるのですが、生活に欠かせない木が非常に少ないのです。それでBodensee(湖)の近く、Radolfzellという所へ行き、川沿いで植樹の仕事をしてきました。


d0014524_2242679.jpgThe way in the riverside was so dirty. A jeep can run light, but it was not so comfortable for our bus :-)

 川沿いの道はなかなか荒れていて、前を行くジープは楽々と走っていましたが、こちら学校所有のバンの快適なことったら。ちょっとしたロデオ・マシーンでした。


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This is the seedling. At first we made a hole with hammer and metal pole, and planted it into the hole.

 これが苗木です。まずハンマーと鋼鉄の棒で地面に穴を空け、そこに植えていきます。なかなか重労働…


d0014524_2243938.jpgIf the seedling grows up, it will be like this tree.

苗木が育っていくと、この木のようになります。何年かかるんでしょうね…


We worked for 3 hours, but we couldn't see beavers at all, as I thought. What a pity!

結局3時間ほど働きましたが、予想通りビーバーさんには御対面できませんでした。残念。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-24 22:44 | Jugendseminar
d0014524_310813.jpg 大学時代からの仲間、ということはもう5年間の縁の、あやポさんがエンゲンにやってきました。友人のミオ氏との1ヶ月に渡る南欧の旅の途中、わざわざ予定を変更して来てくれました。日曜の夕方にやってきて一泊し、月曜の朝一には出発していきました。ちょっと短かったけれど、親友が訪ねてきてくれるというのは、やはりとても嬉しいものです。調子に乗って午前2時半までしゃべってました。翌朝は早朝から仕事があるのに(笑)。
 やっぱり3年間も苦労を共にした仲だから話が進む進む。やはりこう、ほんとに気を許せる仲間がいるというのは、とても有り難いことだなぁと思います。
 それでは残りの旅を楽しんで行ってらっしゃい!

A friend of mine and her friend have been in Engen. She is my very good friend in my University. It was a very nice time to talk with her...
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-24 03:22
On last Saturday and Sunday I was in Freiburg again. Some friends of mine are living there, and I met two of them. It is always nice to go to Freiburg. I can take a good rest. We talked each other, and made dinner, drank beer, and talked more and more.
I felt in the train which go to Freiburg that my feeling became cozier (more comfortable). Now I live in Engen, but my city is still Freiburg, I thought.
 先週の土日でまたFreiburgに行ってきました。友人が何人か住んでいて、うち2人に会ってきました。たっぷり話して夕飯作ってビール飲んで、さらに夜遅くまで喋ってました。
 Freiburgに行く列車の中で、毎度ながら気持ちが安らぐのを感じました。なんなんでしょうね。今はエンゲンに住んでいるのに、自分の町というと、やっぱりFreiburgです。将来どちらに住む?と聞かれたら、絶対Freiburgです。


On Monday and Tuesday we planted potatos. We got on our tractor and put a potato into the ground every 1 second. The tractor makes ditchs, a small potato is put into the ditch, and the tractor closes the ditch automatically. It looks like very easy, but it is not so easy to put the potato every 1 second.
 月曜・火曜で、今度はジャガイモの植え付けをしました。我らがトラクターに乗り込んで、1秒ごとに一個ずつ地面に埋め込んでいきます。トラクターが地面を切り開いて溝を作り、手元の穴から芋を放り込むと溝の中に落ち込み、また自動的にトラクターが溝を埋めていく。簡単そうに見えるこの仕事なんですが、一秒ごとに逃さず芋を放り込むのが意外に難しいのです。5個10個ぐらいならラクでしょうが、大きさの選別をしながら数十個をこなすのは、なかなか厄介な仕事でした。
 しっかしトラクターってスゴイです。アタッチメントを付け替えるだけで、一体どれほどの仕事をやってのけるやら…

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 このオレンジ色Tシャツに見覚えのある方、おりましたら何か叫んでください。「海の中道~!」とか。分かりませんかね?分かりませんよね?


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And on Tuesday we all went into Schwarzwald. After we took a rest, we made an improvisation dance piece. Some of us played music instruments (drums, gong, guitar, flute, etc), and the others did dance/body expression.
But I don't think that the piece was good. Because most of all did only what they want. They couldn't feel how the atmosphere is and how the others are. It can't be good without it, I guess.
 火曜日にはみんなでSchwarzwaldに行きました。しばし休憩を取った後、即興のダンス作品をやることになりました(何でだ?)。幾人かは楽器(ドラム、銅鑼、ギター、笛な)を手にし、他の人たちはダンス/身体表現。
 でも、どうもいい作品が出来たとは思えないんですね。大半の人たちは自分の好き勝手にやってるだけで、空気感や周りとの関係を感じ取れてないんです。そんな即興じゃぁ良いものにはなりません。

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On Thursday we had a course of new dance. A dancer comes weekly as a teacher. I like this course. I have taken this course only two times yet, but I felt really comfortable and had really new feeling. Normally I don't like dance, especially that I oneself do it. But I feel no pain in this course.
 木曜日にはモダン・ダンスの授業があって、あるダンサーが毎週来ています。この授業が意外と気に入っていて、まだ2回しかやってないんですが、毎度なんというか心地よいのと本当に新しい感覚を得ています。基本的に私はダンスは好きではなく、特に自分がやるのは在り得ないとすら思うのですが、なぜかこの授業では本当に苦痛を感じません。不思議だ…


We have two weekly course on Friday. "Malen(Painting)" and "Sprachgestaltung/Schauspiel(Language Structuring/Theater)". Maybe I can write something about them later. We'll give a performance of one theater piece at the first on July.
 金曜にはMalen(絵画)とSprachgestaltung/Schauspiel(言語造形/演劇)の授業が定期的に入っています。そのうち色々記事にも書くと思います。7月初頭にとある芝居をやることが決まりました。脚本ももらって、しかも今回は長いセリフを与えられるらしいので、ドイツ語と格闘する日々は相変わらず続くようです。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-21 04:49 | Jugendseminar
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In this week we started to plant onions on the field of seminar, and about 10 persons did it in the time for job. It was funny that they can see well how different the speed of students' working is. Some of them do it very fast, and some of them can do only talking.
 今週からゼミナールの畑で玉ねぎの植え付けが始まり、朝の仕事の時間に10人くらいでせっせと働いてました。みんなの作業スピードが実にバラバラなのが良く見て取れて、面白かったですね。幾人かは、ささっと仕事をやれるのに、幾人かは喋ってばかりでいっこうに進まない。

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d0014524_15343398.jpgSpring is a season to grow up. The earth has a energy to make plants growing up. We planted onions. It also means that we made a relationship between onion and the earth. Onions will get an energy from the earth, and grow up. The energy of life are going from the ground in to the air. A staff of seminar explained us some of spiritual meanings.

 春は成長の時期。大地にも植物を成長させる力が湧き出している。今回私達は玉ねぎを植えてますが、それは玉ねぎと地球とを関係(結合)させるという意味でもある。玉ねぎは地球から生命力を受け取り、成長していく。生命の力は大地から空へと昇っていく。学校スタッフの一人が、その精神世界の意味についても説明してくれました。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-14 15:34 | Jugendseminar
日本語版へは、記事の一番下にあるリンクからどうぞ。

Last Sunday it was the Easter day. On 25th of March there was also an Eastern market in Engen. Now I write nothing about it, but I uploaded many photos of it. Please see here (Photos). As we did something about the Easter, too, I'd like to report them.

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On friday we went to "Stationen Weg", a way with stations in the near from Lake Bodensee. We walked in to the forest and went up a mountain. There were 14 stations by this way, and there was always one picture by all stations. A Stuff explained the story of the picture with the Bible.

As you know, the Easter day is a day to observe the resurrection of Jesus Christ. The story by this way is also a story about it. 14 Pictures contains the story of his last 3 days.

d0014524_2391782.jpgI like the forest in spring. The life is shining now. It is really beautiful. I feld last year that spring in Germany is really beautiful. It was the first time that I have full realization of "spring".


d0014524_240775.jpgThere was a small chapel on the mountain, and we felt the atmosphere. The sun shone. It was quiet. We took a rest there for a moment.

>> more photos


On Saturday we went to a grave chapel in Weiterdingen(near by Engen). There were 13 pictures outside, too, and there was also a sculpture of Jesus Christ sleeping in the grave. The air was cool, quiet and holy there.


d0014524_2413097.jpgOn Sunday, the Easter day morning we went up a mountain "Hohenhewen" in Engen, and walked about 1 hour to a fountain on the hill. Departure time was 5:45. Yes, it was before the sunrise.

d0014524_2423385.jpgAfter the sunrise we drank the water and observed the Easter day, thought we couldn't see the sunrise.

>> more Photos

Otherwise, we had eaten no meat on Friday and Saturday because of Easter. But the Sunday's breakfast was so luxury. There were many breads, meats, fish, many kinds of cereal, and so on. Of course, eggs with colors were also there.

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>> more Photos

P.S.
It's a shame that I can think/write only surface things, if I wirte English. Regrettably, my brain is not so intelligent...

I read a book of Jesus Christ written by Mr. Shusaku Endo at the Sunday's afternoon. It was so interesting and I felt and thought many things, but now I can write nothing.
I hope that I can write it someday.

日本語版 / Japanese
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-10 02:47 | Jugendseminar
 諸事情により英語を勉強せねばならなくなりまして、英語日本語の2ヶ国語放送を試験的にやってみます。上手くいきそうなら今後もこのカタチで続けてまいりますのでどうぞ宜しく。書く手間は2倍以上になるんですが、まぁ勉強のためなので…
 英語なんて読んでられるか!という方は、記事の一番下にある日本語版へのショートカットをご利用ください。
As I have to learn English for some reasons, I try to send this program in 2 languages, English and Japanese. If it works good, I'd like to keep writing in this style. The work will double of it before, but it's for learning, you know? :-)
If you are nervous of reading English, please click the link at the bottom of this article.


Now we have a clay workshop ("Plastizieren" in German) for 2 weeks. From Monday to Tuesday we made a sphere(ball) from a board of clay in this way:

1. make an upheaval(hill) on one place on the board
2. make the upheaval stronger and stronger
3. keep making untill it gets to the end

It wasn't said at the biginning that the ball figures out. We made only an upheaval and made it stronger, and the teacher modified it. We worked abourt 5 or 6 hours and the size of balls became about 30 cm in diameter.


And today(Wed) we made a form which they have never known from own balls only with will and without imagination. At the end there were many various forms on the table. Then the teacher and we talked about "what stands here in front of us".


The main theme of this 2 week workshop is, "Whether the art is important for the future (Ob die Kunst für die Zukunft wichtig ist)." I can image that it will be so heavy... :-)

Because the teacher is so to say a logical powerful artist, I had a problem. I felt that he forced me, and it was so stressful. But as we could talk with each other, now it's no more problem. Maybe I can get along with him.

He wants and tries to show us what the art is and that the art is important for us. I can understand it well, or I can understand that he really wants to show us. But maybe this theme is very heavy for the other students, I guess...
He said to me, "This theme is so difficult to understand. But it is also difficult for the students who speaks German." Yes, now I think so, too.


Ahhhh.... It is not easy to write everything, because I haven't written English for a long time. But it's Try & Error, isn't it?

日本語版 / Japanese
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-04 23:01 | Jugendseminar
 前回の記事「Apoptosis」について、やはり文章を追加する必要がありそうです。こういう内容を正確に伝えるというのは、難しい。単純に自分自身の知識も付いていってないという問題もあります。

 まず、「現在の進化生物学では、種の存続のために個体が生きているという考え方は否定されています。」ということを専門筋から教えて頂いたので、ご理解ください。

 私の「ある一部の死によって種の生存がある」という考えのもとになっているのは、分かりやすい例をあげれば「魚」なんですね。数百の卵を産んで、育つのは数匹。残り数百の卵や稚魚が他の生物に喰われたおかげで、その数匹が残った、ということ。もちろん「わざわざ食べられにいった」わけではないので、種を支えるために死んだという言い方は成り立ちません。
 ただ、もともと食べられてしまうのを分かっていて多くの卵を産んでいた、あるいは「子孫を一部失ってもなお残る遺伝子が、最終的に勝ち抜いてきている」と言えばいいのでしょうか。

 自然淘汰という考え方は、なんとも不思議だけれど、とても興味深い考え方だと思います。色々な遺伝子パターンが生まれ、環境によって偶然一部が残り、また色々なパターンが生まれ、はるか数十億年前から現在へ、そして未来へと続いていく… その本当に「偶然」と思える状況の中で、多様な世界が広がっている。


 今年1月に日本(広島)の道端で、とある宣教師の人に会いました。「神様についてどうお考えですか?」と聞かれたので、「私にはよく分からないので逆に聞かせてください。あなた方にとって神様とはなんですか?」と聞くと、こんなことを言っていました。

「もし神がいないとすると、人間はいったいどこから来てどこに行くのか分からないではありませんか。そして世の中のすべてが偶然のことになってしまう。それは不安なことではありませんか? 神を信じることで、神様がいてくださることで、私は私である確信が持てるんです。」

 私はこう思うのです。人間は、生物はどこからも来てないし、どこにも行かない。今ここにいる。それだけ。世界は偶然のつながりだ。でも偶然でいいじゃないか。偶然の中で美しいものや楽しい出来事や悲しい出来事もある。それで十分素晴らしい事じゃないか。神がいてもいなくても、それに関わりなく自分は自分である確信がある。自分の感じる世界には、もう十分なリアリティーがある。先祖も自分も子孫も、みんな自分なりの精一杯を探して、その精一杯をやってる。それだけのこと。それで十分じゃないか、と。

 前回の記事の中で、わざとらしい書き方をしているものがあったと思います。「数十億年前に分裂・増殖して「生きていく」というプログラムを組み込んだ「生命」という物体ができてしまったから、今でも相変わらず必死で生きている。」という考え方です。ここには先の宣教師との話が隠れていました。
 別にどこかへ向かっているわけではなく、生命の目的なんてなく、次々生まれる固体がみんな必死でやってるだけなんだ、と。それから、冒頭の専門家さんも言ってましたけど、感情や文化や学問なども自然淘汰の副産物でしかないけれど、でもやっぱりそれで十分素晴らしいと思う。

 私は、最後まで人間として精一杯やっていこうと思います。死んだ後に救済なんかしてくれなくて構いません。超人になるつもりもありません。自分にできる精一杯で考えて、自分に出来る精一杯で行動して、それで最後を迎えたら、それで十分じゃありませんか。

 …おや? ちょっと話がそれましたか(笑)


 文章の流れで紛らわしいものもありました。「死に正当な価値を与える」と「残された人の悲しみを和らげる」という文ですが、あの文章で読むと、「あの人は死ぬ必要があったんだ、と思うことで納得し、悲しみが和らぐ」と読めかねませんが、まったく逆のことを意図しています。

 最初の魚の例もありますが、生きている人は、ある意味で死んだ人のおかげで生きているわけです。誰かの「死」が、生きている人にとって重要なものであるということ。つまり、「あの人は何故死んだのか それは残った自分達にとってどういう意味を持つものなのか」を考えるに値する「価値」のあるものである、ということ。そう捉えることで、見知らぬ人の死も、あるいは家畜の死にすらも、深い意識を向けていくことができるのではないか、と考えているのです。
 そしてまた、その「死」の価値を見つめ、誰かの死をただ感情のままに悲しむのではなく、未来へと向けて捉え直すことで、悲しみが和らいでいくのではないか、ということなのです。


 最後の「大切にすべきものは、やはり大切なものであり続けて欲しい」に言及して、おしまいにしようと思います。
 これはもう私の価値観でしかないですけれど、「自分にとって、自分達にとっての善悪や美の感覚、そして生命力を、どれだけ研ぎ澄ませていけるか、どれだけ高次元にしていけるか、どれだけ現実のものにしていけるか」だと思うのです。それぞれの時代で、それぞれの生物が、精一杯それをやるしかないんだろうと思うのです。

 だって、「生き抜こうとするプログラム」が入ってるのが生命なんですから。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-01 19:07 | 考えること