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1. Guten Tag. Ich bin Hiko. Ich wohne in Deutschland.
2. Hello. I'm Hiko. I live in Germany.
3. こんにちは。彦です。ドイツに住んでます。
4. Jó napot. Hiko vagyok. Németországban lakom.
 ヨーナポット。ヒコヴァヂョック。ネーメトルサーグバンラコム。

 というわけでMagyarország/モヂョロルサーグ/ハンガリーに行ってきました。ハンガリー入りはここ2年の間で5回目なんですが、ハンガリー語はというと、まだ全然話せません(泣)。今回ちょっと勉強しましたが、言えるのはちょっとした挨拶程度です。
 せっかく現地に友人も親戚もいるんだからと、成田空港を出るときにハンガリー語の本を買ってきました。ま、すぐに出来るもんではありません。
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 出発が土曜日のため調度いい列車がなく、朝5:20の電車でエンゲンを出発。まだ帰宅して24時間経ってません(笑)。
 Stuttgart空港から飛行機1時間半で、Budapest空港に到着します。近いですよねーほんと。いままで列車で十数時間かけて行ってたのに。
 そうそうこの飛行機が、Germanwingsという安く乗れる航空会社なんですが、なんと「自由席」。窓口でもらったチケットに、席の番号が書いてない。いやまさか、と思ったんですが、本当に自由席。別に何も問題ないんですけど、飛行機で自由席というのは、なかなか新鮮でした。


d0014524_20571743.jpg さて今回のハンガリー旅行、随分と人に会う旅になりました。空港からSolymár(ショイマール)の従兄妹(いとこ)の家に行き、おじに会いました。更に日曜日には従兄妹のうち兄の職場のボスと食事会に行ったりもしました。おじはハンガリー人ですが日本語話せますし、いとこの職場は日本企業で、職場のボスというのも日本人。なんだか日本語が話せる人ばかりです。

 この食事会がスゴイ所で、Budapestのドナウ川沿いのレストラン。高級そうな店でした。店内ではなんとBGMの生演奏してるし。料理も結構おいしくて、なんだか贅沢してるなぁと思うのでした。

 ところがこの店の料理が災いになりまして、翌朝深夜あたりから下痢と嘔吐が止まらない… そう、食中毒ってやつです。どうも豚肉が当たったらしく、豚肉を食べた3人だけ月曜日は丸一日完全にダウン。今ハンガリーでは西ヨーロッパから古い肉を仕入れて売りさばく悪徳業者が出てるらしく、それではないか、と聞きました。
 上からも下からも全部出て、本当に体の中がカラッポでした。水飲んでもすぐ出てくる、みたいな最悪の状況。頭痛もひどくて、当人としてはかなり笑えなかったです。いとこ宅で眠れたからいいものの、これが見知らぬ出先の地だったら、結構ヤバイですよね。

d0014524_2057477.jpg 一時はどうなるかと思いましたが、夕方くらいに落ち着きだし、翌・火曜日の午後ぐらいには復旧。SolymárからBudapestへ移りました。友人ゲルグとチッラの家に行き、おいしい手料理をご馳走になる。前日からほとんど何も食べてなかったせいもあり、もう、おいしくておいしくて。


 翌・水曜日はBudapestをちょっと周った後、友ゲルグの通う大学を見に行ってみる。東洋文化専攻なので、図書館には日本語の本も多数。日本のあれこれについて英語で書いてある本もあり、なかなか興味深いです、こういうの。
d0014524_20591093.jpg そして夜はゲルグ兄の家で小さなコンサート。ピアノとチェンバロをメインに、ヴァイオリンとチェロの室内楽。チェンバロの音ってなかなかよくて、かっこいい曲も幾つかありました。ホールではなく、こういうところで聞く音楽会って、私は結構好きです。

d0014524_2059504.jpg さらに木曜日。この日の夜はなかなかオモシロイ光景が見られました。ゲルグとチッラの家で、様々な友人を招いてのパーティーがあったんですが、何か料理を作ろうと。で私も加わって何人かで作ったんですが、すべて日本食(笑)。中には寿司も煮物もモヤシ炒めもありました。
 西洋人の掘りの深い顔って分かりますよね。その集団がみんな和食を突っついてる姿って、結構インパクトあります。東洋文化専攻の人も多く、日本語が話せる人も何人かいたりして、なんだか不思議な空間でした。


d0014524_2111828.jpg ようやく金曜日にSzentendre/センテンドレという町へ出向いてちょっと観光みたいなこともしましたが、夜がまた(笑)。ゲルグの通う大学で、中国の新年会をやるってんで参加してきました。出るわ出るわ伝統芸能の数々。中にはいいのもあったんですが、BGMに合わせた空手披露はちょっと… あと、ハンガリー女性達がチャイナ・ドレス着て唐傘持って踊る姿は、なんかとても新鮮でした。


 ずいぶんアジア文化に触れた一週間でした。日本人にもたくさん会ったし、おじもアジアの文化について熱く語ってくれましたし、ゲルグのPCにも日本のアニメやら歌やら、どこで見つけてきたんだ?というものが入ってるし… たまたま、ほんとに偶然にも友人が東洋文化専攻で、おじも東洋研究をしてる人だっただけ、偶然そういう行事も重なっただけなんですが、ずいぶんアジアを満喫した一週間でした。ええ、ヨーロッパの中のハンガリーで。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-25 21:02 | Report (Ausland)
 明日15日で1ヶ月の滞在期間も終わり、いよいよ出国です。ご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました。

 ドイツ帰国後は1週間ほど連絡付きませんが、また今後ともどうぞよろしくお願いします。



>> エンゲンに帰り着きました。上記の通り、明日からまた1週間いなくなります。ハンガリーに行きますです。

P.S.
 Stuttgartの空港に着いたら、飛行機の遅れのせいで最終列車に乗れんかったとです(泣) 手荷物が出てきた瞬間に、列車が出発してしまいました。あぁ、涙…

 初めて空港のベンチで眠りました。
 そして翌朝の始発で帰ってきました。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-14 17:32
 横浜に戻った翌日の9日は、港南台幼稚園の「お買い物ごっこ」でした。カメラ撮影を頼まれていたので、朝一からさっそく幼稚園へ。
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 やっぱり子供のパワーってすごいっす。お店の繁盛さもさることながら、売り子もお客も大騒ぎ。「いらっしゃいませー!」の声の大きいこと大きいこと… ホールから子ども達が去った後はまさに「兵どもが夢のあと」でした。

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 11日には、今度は地域のお稲荷さんを囲む会、稲荷講/イナリコウがありました。
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 八女や福岡ではこういう地域の集会にも参加したことは多いのですが、これが地元・横浜市栄区ではさっぱり。せっかくの機会なので顔を出してみることにしました。これが、予想以上に知らない人ばっかり。
 でも住宅地の地域集会で、集まったのは少数。はじめは地域の集会であることすら疑わしかったです。父に詳しく話を聞けば、この地区に「昔から」住んでいる人の集会で、排他的な雰囲気も強いとのこと。実際、内輪な雰囲気は多分にありました。新しく来た人を呼び込もうという空気はあまりなく、老人たちの酒飲み会になってる気もして、意義を失いつつあるように思いました。

 11日の夜は、数少ない高校時代からの友人2人と再会。久し振りに純理系の話を聞きました。宇宙線(X線やγ線)を使った宇宙観測の話なんて、興味はあっても詳しく聞く機会の少ないものなので、非常におもしろかった。最近の自分は、ハードよりソフトウェアに偏りがちだったなぁと反省したり。2人の話を聞いていて、基礎研究の大事さを忘れてる自分に気付きもしました。
 それから、もうひとつ思ったこと。「オタク文化」みたいな言葉があって、アニメや漫画、同人誌などに関わる人達はある何らかのイメージの中にひとくくりにされているけれど(少なくとも私はそう思うけれど)、幸いその中に友人がいるおかげで詳しく話を聞いていて思うのは、その「イメージ」は短絡的で、おもしろおかしく作られた歪んだものだなぁということ。実際には色々な要素が含まれていて、とてもひとくくりにはできない複雑さがあるんだなぁと、改めて思ったのでした。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-13 10:38 | Japan Exkursion
 福岡での最後の予定は、5日「0研」飲み&6日「まつりおおはし」「井尻寮」飲みでした。
 0研というのは、芸工大+九大の統合合併があった年、九大へ芸工大の紹介をしにいった企画のこと。私が言い出しっぺになって、芸工大の学園祭を九大で実演するプロジェクトを進めたものです。私にとっても、違う学科や企画の人達と知り合ういいきっかけであったし、こうしてまた集まる仲になれた大切な企画でもあります。(詳しくは、HPのトップから、Portfolioの中を探してみてください。)
 まつりおおはしは、大学のある南区大橋の夏祭り。2年にわたり私も活動を共にしていました。そんなわけでスタッフの若手の人達に呼ばれて大橋商店街の飲み会に突入してきました。八女だけでなく福岡にも地域の知り合いができたのは、とても嬉しいことです。(詳しくは、HPのトップから、Portfolioの中を探してみてください。) 井尻寮は、在学中に私が住んでいた寮で、寮長も務めました。当時とは住人もずいぶん変わりましたが、知り合いは多いので訪ねるのは楽しいもんです。

 6日の昼、偶然にも津田さんと遭遇しました。カンナを磨くところに居合わせ、刃の研ぎ方、木枠への入れ方&調整方法なんぞを見せてもらい、実際にカンナかけもやらせてもらいました。
 不思議なもので、「気持ちいい」と思ったときには一番キレイにカンナがかかっています。それこそ、光沢が出るくらいに。カンナかけだけで、かなり楽しかったです。
 津田さんとは不思議な縁で、一度だけ学内誌の取材で対談しただけで意気投合。一昨年の夏も合わせ、せいぜい4回ぐらいしか話してないのに、お互いに面白がってる関係… あ、でも気付けばそういう人、今回会った人の中にも数人いるな。

 もう一人、2年生にも会いました。当然ながら在学中には会ったこともありません。でも私に興味を持ってくれていて、2研飲みの時に店の手配やら、裏で準備してくれた人がいました。30日に私も彼と話して興味を持ち、これは福岡を出る前にもう一度会わねば!と思って誘ってみました。
 正直な感想ですが、おもしろかった。私に興味を持った理由もわかるし、何より私自身が興味を持ちました。やっぱり熱意のある人間って、話していておもしろいです。彼の活躍、ぜひ今後も見届けたいと思いました。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-09 14:51 | Japan Exkursion
 2/03-2/05は、福岡県の八女市に行ってました。八女は福岡とともに学生時代の重要な活動拠点でした。

 八女元気!計画に参加していた頃の説明は長くなるので省略しますが、八女の市民ホール-八女市町村会館を中心に、八女の町の復興や地域ネットワークの活性化を目指して活動していました。

 2/03の夜は、お隣の中央公民館でフォーラムが開かれ、招かれた様々なコメンテーターによってかなり具体的な市町村会館再生プランが紹介されました。
 まず建築家・青木茂氏によって、古い建物をリフォームする方法が紹介されました。建て替えるのではなく、元の建築物の基本的な部分を残しつつ、補強したりしながらリファインする、という具体例の紹介もありました。これがなかなかおもしろくて、「コレがこんな風に様変わりするのか!」という新鮮な驚きもありました。最後には市町村会館に対する具体的なプランも示され、改装後の予想図CGなんかは、見た人もうならされたことでしょう。
 続いて岡田智博さんからIT(情報技術)面の改革で、八女あるいは田舎がどう発展していけるのかについて紹介されました。高速ネットワークが日本中に繋げられることで全ての個人が対等のレベルに立ち得るということから、それを上手く導入することで世界に対してでも八女の門を開くことができる、という話でした。過去の実践例なども紹介され、「なるほどコレならできるかも」という意識を生み出したと思います。

 2/04の夜は、八女の文化ネットワークの中心地・明永寺でもうひとつのフォーラム。「こどもの居場所をどう生み出していくか」がテーマでした。こどもたちから遊び場を奪っていく今の世の中、それをどう食い止め、どう「居場所」を広げていくのかを話し合いました。
 このフォーラム中に出た意見に、とてもおもしろい、納得してしまうものがありました。

「人工物が増えて、たとえば秘密基地を作るような場所って減ったって言いますけど、今でもマンションの階段の裏とか、案外どうにかしてそういう場所を見つけてるんです。それを『マンション裏みたいな所にしか遊び場がない』と見るか『それでも子どもたちは遊び場をみつけられるんです』と見るかは、そう簡単な議論ではないと思います。」

「私達大人は、子どもたちのために遊び場を作って、ここで遊びなさいと言うけれど、それって実は子どもたちから遊び場を奪ってるんじゃないですかね。」

「私達のやろうとしていることって、はっきりいって『おせっかい』みたいなもんなんです。でもそのおせっかいをやって、後は子どもたちが乗ってくるかどうか、それを待つことが重要なんです。粘土を置いてやって、後は好きに遊んでいいよ、と。」

 私も八女、大学内、大学のある町での活動から、思うところがありました。どんないい企画を用意してやっても、結局は周りの人間が乗ってこない限りはただの一回限りのプロジェクトとして終わってしまう。重要なのは、周りの人間たちをその気にさせてしまうこと。周りが調子付けば、勝手にどんどん進んでいくんですよね。


 この2日間のフォーラムは、とてもおもしろかった。久々に本当に知的好奇心をくすぐられた気がします。八女まで来た甲斐がありました。



 八女には随分と出入りしていた関係で、当然知り合いも多いです。それこそ2年振りの人も多いのに、色々な方々から「ぁあー、太田君! 帰ってきたっとねぇ! 元気やったとかー?」と言ってもらえました。ありがたいですよね、こういうの。外からひょこっとやって来た学生をここまで大切に思ってくれるってのは。
 最初はフィールドワークとしてやってきた八女でしたが、ちゃんと人間的な関係になれていたんだなぁと、嬉しく思います。研究のための関係じゃない本当の人間関係ってのが、結局は何かを学ぶにも一番いい関係なんだと私は思います。
 まだまだ通いますよ、八女には。

 明日の晩は、大橋商店街連盟の会合に乱入します。大学生と地域とのネットワークを作ろうと、地域の祭りに学生達を誘い込むプロジェクトを2年間かけてやったのがきっかけで、商店街の人達とも数多く知り合いました。「みんな楽しみに待っとるよー。」と電話で言われ、今更ながら当時の苦労が報われた気がしました。あぁ、やってよかったな、と。

 いえいえ、まだまだやりますよ。力を付けてきた暁には。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-05 17:01 | Japan Exkursion
 ただいま福岡におります。大学時代の友人・知人たちに会う日々なんですが、時々会ったことのない2年生からも会いたがってもらえて、とても嬉しい限りです。てかどこで私を知ったのか…

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1/30 2研@大橋

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1/31 演劇部@サークル棟

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2/01 合同合宿授業(2002)の同期


 他にもキャンパス内で懐かしい顔ぶれにあったり、世話になっている教授に話しに行ったり、大橋の町の人を訪ねに行ったりと、なかなか充実した福岡を過ごしています。
 さらにyugo氏の協力により、バイクで九大・伊戸キャンパス(糸島)まで行きました。大学統合やら移転やら、私も色々と考え関わってきたことなので、ようやく現場を見ることができた、という感じ。
 井尻寮の現寮長にも会い、統合・移転から生まれてきた様々な問題についても聞きました。私がいた当時も仕事にあたふたしてましたが、今それは山場を迎えていて、彼や寮務、寮生の力量に託されています。今に至るまで残ってしまって、申し訳ないとも思いつつ、彼の頭脳や行動力を信頼していたりもします。
 大学のお母さん的な存在だった方にも会いました。今年度が大橋キャンパスにいる最後の年で、芸工大時代から学生達を本当に愛してくれていた学生課の人が、ついにいなくなってしまうんですね。「もう私には関係ない事やけんね」と言いつつも、ずっと学生や大学のことを気にかけている様子がありありと伝わってきました。

 この大橋も変わっていく。変わっていくのは悪い事じゃなくて、生きているということ。でも変わっていくのなら、やはり良い方向に変わっていきたい。そういうの、支えられるものなら支えていきたいと思います。
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by Sterun-schnuppe | 2007-02-02 09:45 | Japan Exkursion