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 私がいま学んでいる「Anthroposophie」から生まれたものとして世に広く知られているのは、ヴァルドルフ学校(Waldolfschule)、医薬・化粧品メーカーのWELEDA、オイリュトミー(Eurythmie / Wikipedia 英語)あたりだと思います。このうち今回、ニュルンベルクのオイリュトミー学校(Eurythmie-Schule Nürnberg)の先生・学生の一行がJugendseminarにやってきて、授業&公演をやってくれました。

 念のため、オイリュトミーとは何ぞや、という話をしておこうと思います。ごく簡単に言えば「言葉や音を体を使って表現する芸術分野のこと」てな感じです。言葉の発音ひとつひとつを、丹念に「本質的にどういう音なのか」と分析して、それを体の動きとして表現する。音楽の響きのひとつひとつを、丹念に分析して、それを体の動きとして表現する。ダンスのようでもあるけれど、言葉・音楽の中にあるイメージを体を通して表現することを重視しているので「振りを当てる」や「自分の中のエネルギーを発散する」とかとは方向が違います。
 ちなみに、何か突拍子もない「新芸術」というよりは、音楽、絵画、ダンス、映画、演劇なんかと同じ次元で、オイリュトミーという方法もある、と捉えておくと分かりやすいと思います。

 私がまだ日本にいた頃では、①とりあえず紹介映像を観た、②一日だけ公開講座を受けた程度だったオイリュトミーですが、何だか変なモノだなぁと思いつつも気になっていました。改めてドイツで体験してみるのは、とてもいい機会でしたね。

 授業はまず、実演から始まりました。言語を表現するもの、音楽を表現するものを織り交ぜながら簡単な公演。綺麗だなと思う部分もありつつも、やはり怪しさが拭えない…というのが正直な感想でした。

 続く講座。まずは歩き方から。違和感の連続でした。足裏のどの部分に力がかかってますか?という質問に始まり、かかとをつくのを強調した歩き方、地面を擦る歩き方をやった後、「地面に一番傷をつけない歩き方は?」という質問が出て、答えは指先から着くのらしいんですが、どうにも自分はこれに違和感を感じる。絶対に指の付け根からだ、と。何度ためしてみても、足の指先から着地すると気持ち悪い。歩き方にも文化の差があるんでしょうか。

 それぞれの母音に対応する動きもやりました。これがね、いつもね、厄介なんですよ、私には。母音と子音の違いは何か?という問いが巷でよくありますが、大抵みんな間違ってるんですよ、と思うんですよ。「母音は声帯が震える音だ」とか言いますが、じゃぁ小声でヒソヒソ話してる時は母音を使ってねぇのか、と問いたい!問い詰めたい! 残念ながら今回の授業でもそれに近い分け方をしてて、納得がいかないのでした。あと子音。ちょっと自分でやってみりゃ分かりますけど、例えばBとP/DとTなんて本来は子音自体の差はないんですよね。一緒に言う母音が一瞬早いか遅いかの違いだけじゃないですか。だから母音とか子音とかの説明を聞くたびに、大抵私は「それは違うよォ~」とイライラするのでした。Bを「ブッ」とか言ってみせるんですが、お前それ「U」も言ってるじゃねーか、と。
 あと例えばAの音に対する動き。両手を(上に)広げる。理由もきちんと教えてくれたんですが、こういうのも、ドイツ語・文化的には合うのかもしれないけれど、日本語・文化育ちの自分には気持ちわるい。そんな動き、絶対しねぇよ、とか思いつつ。

 音楽に対する動きもやりました。音の高低に対応する動きはまぁ納得。ただ、詳細は省きますが、リズムに対する動きの練習がまた違和感たっぷりでした。それじゃリズムの重心が違うだろ!と。

 違和感たっぷりで困った授業な部分もあったんですが、今回良かったのは、目の前に先生がいて直接聞けること。「いまは一部分だけ取り出してるだけだから、本当にやるならこうじゃないから」と諭され、私の感じ方についても理解してもらえたので、まぁ納得。さらに良かったのは一団にも日本人がいたこと。普段ドイツ語変換できなくて困る内容まで質問できたのは、幸運でした。文化・言語的な差異があることは聞けたし、日本語版オイリュトミーを研究中だという話も聞けたので、今後が楽しみにもなりました。
 夜には少人数で茶話会みたいなのをやれて、かなり深い部分の質問をぶつけられたのも良かったと思います。普段は私よりドイツ語で苦しんでる友人が、日本人がいるおかげで、ここぞとばかりに一気に核心をつく質問を投げていたのが非常に良いと思いました。ただ表面上の小さな事々をあまりにもぶっ飛ばして核心を突いていたので、質問の意図を理解するのが(私も)大変で、居合わせた4人がかりで翻訳しつつやってました。
 まぁ終わったあと2人で話して、先生の答えには満足いかなかったよね~とか言い合ってましたが。その程度じゃなくて、そのもう一歩先が聞きたいんだけどね、と。そんな分かりきった程度の内容しか出てこないのかなぁ、と。

 翌日の一般向け公演が、よりによってメルヘンだったせいで、しかも話の内容も(ドイツ人には素晴らしいらしいが)おもしろくなかったので、悪印象で終わってしまいました。けれど個人的に一団の人達と話して興味を持っている部分も多かったので、自分の音楽作品集を渡して、前々から考えていた「いつか共作やってみませんか」という話だけは持ちかけてみました。


 残念ながらあまり好印象を持てなかったオイリュトミーでしたが、一団が帰ったあとにとある友人がDVDを観ようという企画をたててました。オイリュトミーの舞台公演を収録したDVDで、プロジェクターを仕込んで鑑賞会。
 これが良かった。食い入るように観てしまった。音楽のオイリュトミーが中心だったんですが、演劇にも(いわゆる)ダンスにもない表現力に圧倒されました。たった一人でやっていても、音楽の内部世界を見事に引き出しているな、と思いました。本当に美しい。今日までのあれとの、この差は何だ、と。

 ちょっとこれは、本当に共同制作してみたいぞと思いました。きちんとした舞台でやる、きちんとした照明さんもいる、きちんとした演出ができるオイリュトミストとの共同制作… う~む。やってみたい。
 これからの課題は、どこに違和感を感じて、どこに魅力を感じているのかをはっきりさせること。そして、いい機会を手に入れること。


 なんだか話がよくわからない展開になってごめんなさい。オイリュトミーはとにかく、拭い去れない違和感を持ちつつも、やはり何か魅力を感じるものでもあった、ということです。
 ここまで読んでくれた方々、ありがとうございます。
 いつもいつも、ほんとに、もう…
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-29 18:08 | Jugendseminar
 やはり自分には現場が似合ってます。現場って、制作の現場です。ちかごろ自主制作映画をやろうやって話があって、仲間で集まって撮影なんぞやってるんですが、ついに外部ロケに繰り出すことになりました。

 なんの映画かっていうと、私たちのいる"Jugendseminar"のドキュメントなんですね。すでにEngen/エンゲンでの街頭インタビューや学校内での撮影などは始まっているのですが、州都Stuttgart/シュトゥットガルトにあるもうひとつのJugendseminarにも取材に行ってみよう、ということになりました。
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 2時間かけてやってきたStuttgart。さっそく町中を歩きながら街頭インタビュー。「Jugendseminar Stuttgartってご存知ですか?」 …10人くらい聞いても誰も知らない(笑)。インタビューって、そんなもんです。

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←ひさびさの現場に、はしゃぐ彦氏。たいへん貴重な写真ですね。州都Stuttgartの町中で、さぞや変な外国人だったことでしょう。


 つづいてRudolf Steiner Hausという所を訪ね、そこの責任者との対談を録る。もう日も暮れてきて、急いでJugendseminar Stuttgartに行き、学生2人を捕まえてインタビュー。最終電車に乗り込んで、エンゲンに帰ってきました。


 今回の映画制作、ひさびさの現場なので楽しんでますが、私はもうクオリティーに期待はしてません。はっきりいってダメダメになると思います。映画作るってのに、ドキュメントだってのに、何を録りたいのかがはっきりしてない。学生でも町の人でも、何を聞き出したいのかがはっきりしてないから、録りたい画も決まらない。聞く内容も決まらない。どういう順序で制作を進めるのかもあやふや。私も助言することはあるんですが、そんなに色々決めちゃうと面白くならないよ、と。いやー、本当に面白い映像は、信じられないくらい練りに練られてるんですけどね。
 今回のロケも、無茶苦茶。まず出発が10時って言ってたのに、列車を調べてなくて、結局駅を出たのは11時半。1時間以上のロス。町中インタビューも、時間を決めずダラダラやってたから、気付けば5時過ぎ。日暮れも近い。結局目的地のJugendseminar Stuttgartでの滞在時間は、わずか40分程度。帰りの列車も、私が言わなきゃ調べなかっただろう。インタビュアーのマイクの使い方も、音声さん的には非常に困ったもんでした。
 そんなだから、もうクオリティーには期待せず、ただ現場として楽しむ覚悟で来ていたので、思ったより撮影は上手くいったなーと思えました。

 まぁでも、悪い部分ばかりかといえば、そうでもない。彼らの評価すべき点としては、特に町中インタビューなどで人を捕まえてくるのが速いこと。結構誰にでも気軽に声をかけてまわること。私なんかは引っ込み思案で、そういうのは中々苦手なので、すごいなぁと思う。Steiner HausにもJugendseminar Stuttgartにもアポなしで突撃していったくせに(これはどうかとも思うのだが)、それなりにインタビューを成功させてしまう辺りは、やはり彼らの評価すべき点だとも思う。(裏方的には、仕込みの時間がもうちょっと欲しかったが… リハーサルやらせてくれよ、と。)

 そもそも彼らの大部分が制作なんぞしたことない人なのだから、仕方ない部分は多分にある。だから今回はそこそこに作っておいて、「きちんと反省会をして」、次回次々回があれば質を上げて作れるようになればいいなぁと、ほのかな期待を持ってます。
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-22 22:30 | Jugendseminar
 話は戻りますが、フランス研修キャンプ中に思い出深い出来事がありました。今まで「個人主義」「全体主義」という言葉は知っているものと思っていましたが、改めてこれを実感するに至ったのでした。

 核心に触れる前に、出来事をさらっておこうと思います。まず私達は、合計40人弱、5台の車で研修キャンプに出発しました。当然5台での移動は、慣れないとややこしい事になるのは想像できると思います。しかも学生の一部がサポート運転士として加わっているのに。
1.まず驚いたこと。現地の地図が、わずか2枚しかない。無線連絡が取れるとはいえ、これはあまりにも頼りない。
2.フランス内で各地を周る際、運転士が行き先、待ち合わせ場所等を正しく把握していない。運転士同士の打ち合わせも不十分。

→結果として、1台がはぐれた、とか、集合時間がぐちゃぐちゃになった、とか、
道が分からないという事態が多発しました。一体ここのスタッフ達は大丈夫なのかと、自分がプロデューサーになったような気持ちで心配で心配で仕方なかったです。

 それから、訪ねに行く先々で、見学の後いつのまにか自由時間になっていたりしました。問題なのは、待ち合わせ場所・時間を言わずに個人行動にしてしまうこと。ドイツ語の不十分な外国人も少なくない状況で。好き勝手な行動をする幼稚園児みたいな若者もいる状況で。

→いつか起こるんじゃないかと心配していた事が、現実になってしまいました。
 散策ルートのある場所で自由時間になり、いつの間にか集合場所・時間を設定されていて、私はそれを人づてで聞けたのですが、これはヤバイなと思っていました。案の定、一人がいつまでたっても集合場所に現れない。車4台を先に帰らせて、一人を散策ルートに探しに出し、反対側の入り口まで戻りながら探させることになりました。最終的に見つかったからいいものの、時間のロスは戻せません。
 もうひとつ。有り得ないような不注意もありました。今回は車5台が完全満席の状態で移動していました。にもかかわらず、出先に一人を置いてきてしまう事態が発生しました。移動先で足りないことが発覚して、車一台が引き返さなければならなくなりました。


 さすがに自分の中でも心配が積もりすぎていたし、運営する側にあまりにも準備も能力も配慮もなかったし、たかだか24歳の私ですら事態を断然よくする術を知っているようなことだったので、不満が募って学校スタッフと少し口論をしてしまいました。「なぜ集団を運営しているのに、集合時間・場所の設定とか、人数確認とか、そんな基本的な事ができないのか? 人間一人置いてくるようなことは、事前に避けられたはずだ!」と。

 ここでの回答に、私は唖然としました。ようやく事態を把握しました。本当に落ち着いた様子で、澄んだ瞳で、「私は一人の人間に過ぎない。そして、間違いのない人間なんて、いないんだ。」
 そして一人を置いてきたことへの説明は、「彼は一人の時間を必要としていたんだ。私達はそれを受け入れたんだ。」

 私が団体行動だと思っていたこの研修キャンプは、個人行動の集合でしかなかったのです。だから、管理管轄といった言葉はほとんど存在しない。集合場所・時間を知らないのは、聞かなかった本人の責任。置いていかれるのも、集まれなかった本人の責任。
 また集合時間・場所を決めるのは、個人の自由を縛り付けるもの。だからその場その場で決めるのが一番いいんだ、という考え方。

 あぁこれが「個人主義」ということか、と実感しました。そして彼らの言う「自由」の先にあるものは、こういうことか、と実感しました。

 フランスであった授業のひとつ、身体表現の場で、突然川から現れた先生の即興ダンス(というか身体表現)に合わせ、私も即興で組み合わせる一場面がありました。先生としてはこれが信じられなかったらしく、「どうして対応できたのか」と聞かれました。「簡単なことで、相手との間合い、相手の動きを感じ取れば、ある程度は勝手に自分の動きも決まってくる」という話をした。どうも私は授業の内容を先取りしていたようだった。
 他にも誰かと組んで相手との間合いを計るような授業が盛り込まれていたが、要するに「間合い」のようなものは、彼らには基本的に欠けている要素のようなのだ。東洋文化的には、相手との関係性の中に自分を置くのが基本になっているが、西洋文化的には「私は私」であって、周りは関係ないのである。

 いま学校に住んでいて、学生達の公共の場があるのだが、彼らの多くは例えば自分で使った食器類を全く片付けられない。「公共の場」という意識なんて、ないのである。自分は片付けたくない、だから片付けない。もし誰かが後始末をすれば、「あいつがやるから自分はしなくてもいい」となる。日本からしたら小学生かのような考え方をする20才前後の若者も少なくない現実。
 「自分の意見は言える。ただし協調性にかけては子供並み。」
 そういう曲面は多いように思われる。

 アントロポゾフィーをベースにした学校として、ヴァルドルフ学校というものが世界に多数ある。これらの学校には、正式には”Freie(自由)”という言葉が冠せられる。ここJugendseminarも同じである。これらは「自由な教育」「自由な学校」として、紹介されることも多い。
 もしこれらの教育体系が西洋文化的な「自由」を目指すものに成り代わってしまうのならば、決して日本に取り込むべきではない。考案者のルドルフ・シュタイナーこそは、その「自由」の本当の意味あるいは価値を知っていたと信じたいが。
 私が思うに、いわゆるヴァルドルフ教育の中身というものは、西洋文化に対しての処方箋であって、東洋的な文化に対しては別の処方箋が必要なのだと思う。彼らが「自由」に対して学ばなければいけないことと、我々が「自由」に対して学ばなければならないことは別なのだ。


 私の学校生活を苦にしていることのひとつは、周りの学生達の大半が子供に見えて仕方ないこと。大学時代の仲間のようには、何かしら自分より秀でた素晴らしい才能を持っている人には見えてこないこと。特に今までマイナス面ばかり目立っていたせいもあり、周りへの尊敬の念は正直薄い。(これには目に見える才能しか判断できていない自分の問題も含まれているんだろうけれど。)
 一人、お互い適度な距離を保ちつつ仲良くなれたドイツ人の友人がいて、彼とは良い関係になれそうだ。あとやはり様々な実地体験や体感的な授業、外部からやってくる良い先生達によって、私は今ここに繋ぎ止められている気がする。

 どうなるんだろうね、ここの生活。学ぶことも多いが、気苦労も多い。

 でも最近、ようやく心がFreiburgからEngenに移ってきて、よしここで暮らすぞ!という気合も入ってきたので、少しずつ快方に向かっていくのでしょう。日本語が奇妙な記事になりましたが、頭の中がそんなだってことです。
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-18 02:20 | Jugendseminar
 もうだいぶ前の話になりますが、学校の授業の一環で、それぞれ自分の地域の文化紹介をやろーや、ってのがありました。まぁ私は日本人だし、他に2人もいるので、3人で日本紹介をやってみることにしました。

 担当だった、外部から来た先生2人の夫婦は、旦那はドラマー、奥さんはダンサーだったんですが、色々経験を積んでいるようで、非常に話の通じる二人でした。で、彼らから我々に出された課題は、「考えすぎない事!」でした。力抜いて力抜いて、最小限に留めようって考えながらやれ!って事でした。なかなか意を突いていると思います(笑)。

 で考えた我々の企画は、
①日本食を作ってみる。
②ちょっとした日本語講座をやってみる。
③ちょっと日本の写真でも見せてみる。
…というものでした。

 まず日本食。夕飯として作ることになったのだけれど、ただし約40人分を作るので、できるだけ簡単なのにしたい。手抜き重視。→ということで「日本のお弁当」をテーマに、おにぎり、煮物、漬物、緑茶を採用しました。
 材料を買い揃えてみれば、意外なほど安上がりで済んで、これまた万歳。漬物は前日から白菜を塩だけで漬けたもの。これは私の手作り。煮物は、人参、芋、大根、豚肉なんぞを醤油味で煮込んだもの。
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 食べるに当たって、普段なら自分の分を取ったら食べ始めるところを「待て!」と言い聞かせて、全員に正座をしてもらって、「いただきます!」をやらせました。さらに「おにぎり」は各自で握るようにしました。作る側の手間を省きつつ、簡単に日本食作りの体験をしてもらうわけです。食べ終わっても帰らせないで、みんなで「ごちそうさまでした!」を言う所まで、日本式でやらせました。
 おにぎり・煮物もさることながら、白菜の漬物がウケたのは意外でした。

 そして続く日本語講座。PCを使いながらの発表でした。まず仕事始めの挨拶として「よろしくお願いします!」を教えて、全員に言わせる。続いて、「日本は共同体の国です。で、共同体の基本、家族のなかだけで使う言葉があります!」と説明し、「行ってきます!/行ってらっしゃい!」「ただいま!/おかえり!」を実演つきで説明。これをグループの中で使えば、それはそのグループが家族のような雰囲気だという意味なんです、とか言ってみたり。

 さらに、日本文化の説明として最適なものを発表。ドイツ語には「Ich」って言葉がありますよねー。もちろんこれは自分って意味ですよねー。でも日本語では、「Ich」がいっぱいあるんです!と前置きし、「私」「俺」から「自分」まで、漢字カタカナひらがなで次々と画面に出していく。最後に20個くらいを一画面にだし、「まだあります」と説明。相当驚いたようで「Alles ich!?」という言葉まで聞こえてきました。

 全てのIchには個性があって、 僕等は状況や相手との関係で使い分けてる、という説明をし、でもひとつひとつの性格は説明できないので、学生みんなに振り分けてみました。○○は俺、○○はボク、等々。日本人3人でIchの振り分けをしてる時に、予想外に3人の意見が一致して、おもしろかったです。「○○は… ひらがなの「おれ」!」「こいつは… あ絶対「自分」だ!」という細かな部分まで共通見解がでたりして、笑えました。

 日本の写真展は、まずは日本食の写真から。宿の食事や定食など、色々なものを紹介。食べたばかりの「おにぎり」の例とかも。さらにある器の拡大写真をだして(5つの光を通す点がある綺麗な湯飲み)、これが日本の美だ!と豪語。
 その後は日本の夏祭りの写真、田舎、都会の風景を紹介し、最後に日本で働くドイツ・Heidelberg製の印刷機の写真を出して、おしまい。
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 最後に、「日本には仕事の後に交わす重要な言葉があります。これは共同体には欠かせない言葉です。」と言って、「お疲れ様でした!」を教え込んで、みんなで挨拶。

 日本紹介展は大好評で終了しましたとさ。


P.S.
 紹介展の内容もさることながら、3人の組織力・運営力というか、マネジメントについても、後日まで評価されるというおまけが付きました。
 …てかね、こっちの人達ってね、団体の運営が下手なんですよ。性格的に。「個人主義」って言葉が本当に頭をよぎります。西洋文化の「自由」って、こういうことなのか、って思い知らされます。学ばなきゃいけないけど、目指しちゃダメだなーって。
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-15 19:47 | Jugendseminar
 学校のServerが復帰したので、再びインターネット上に帰ってきました。というわけでネットが使えてませんでした。復活第一弾は「いも」の話。
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 「ジャガいも掘り」なんてことをやりました。そう、これぞ本場ジャーマン・ポテトですね。現地ドイツ語では"Kartoffel カートッフェル"なんていいます。学校の畑に育つ御芋様を、秋の収穫として掘り出させて頂いたわけでござります。


 初めに掘り出し用の機械を取り付けたトラクターで、地面を掘り起こす。地面に露となった御芋様に皆の衆が駆け寄りまして、一斉に集めて参るわけでござります。

 …なぜ変な口調になったのか本人にも理解不能ですが、話を戻しましょう。前日に掘り出しの準備として収穫用のネットの確認を任されて、全速力で○×分別して、日本からやってきたMしょさんに(一時間だけ都合つけて)会いに行き、翌朝に収穫の運びとなりました。
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 収穫した芋が食卓に並ぶまで日がありましたが、やはり美味い。オーブンで焼いて塩胡椒を振っただけでも、結構うまいのだ!


P.S.
 話の途中で出てきた久々対面のMしょさんですが、相変わらずカメラに対してはサービス精神旺盛でした。やはり大学時代の親友に会えるというのは、とてもとても嬉しいものなり。ご来場ありがとうございました。
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-10 03:48 | Jugendseminar
 更新が滞っておりました…

 色々わたわたしてたり、あれやこれやとあったりと、気苦労も続く日々ですが、とりあえず生きております。Exkursionの話が終わってませんが、ちょっと話題を変えて行きましょう。

 Jugendseminarにいると、色々と実地の体験が絶えません。そこで今回は、そんな中からリンゴ・ジュース作りを紹介いたしましょう。

 まぁリンゴ・ジュースですから、リンゴが要りますよね。だから採りに行きます。あぁ分かりやすい! 7人くらいで車に乗り込み、貨物用のトレーラーを引っ張りながら、エンゲン近郊の「リンゴの木」を巡る。長い棒で木を揺すって、みんなでたかって、ひたすら拾う。一日で数百kgは収穫したと思いますね。最近は、懐かしの麻袋を本来の使い方で多用してます。意味分からない人は御免なさい(笑)。

 さて大量に取ってきたリンゴ、リンゴ、リンゴ。もちろん食べもしますよ。朝晩の食卓にはよく出てきます。しかし今回はリンゴ・ジュースの話なので先へ進みます。

 やって来ました近所のプレス工場。巨大な機械の中にリンゴ達を放り込んでいくと、あれよあれよと洗われて、砕かれて、2人のおっちゃんの前に降り注いでいく。
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 ここでプレス用に布に包まれ段積みになっていく。2人の手さばきは、やはり町工場のおっちゃんな雰囲気たっぷりで、よいよい。全部積み終わったところで、今度はプレス。
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 古めかしいマシンの味も、なかなかのものなり。
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 こうして見る見るうちにジュースが絞られていく。最後にタンクに詰めて、学校へと持ち帰りました。工場で絞り立てを頂きましたが、やはり美味しいなり。
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 さぁこうしてジュースは完成したわけですが、なにぶん大量にあるので保存しなければなりません。しかしただ冷蔵保存するわけにはいきません。そう、殺菌処理です。
 タンクに詰めて学校に持ち帰ってきたジュースを、今度は殺菌用の機械に通す。80℃以上の温度まで加熱して殺菌し、これまた加熱しておいた瓶につめて真空密閉。これを地下倉庫に運んでようやく終了なのですが、なにせ80℃以上なので熱い熱い。空気が入らないように瓶にキャップをするにもコツが要りまして、最初の頃はなかなか難儀でした。

 毎日のように食卓に並ぶリンゴ・ジュースですが、裏の苦労を知ると思いも変わるものです。やはり人生、裏方を知らなきゃいけません。
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by Sterun-schnuppe | 2006-10-05 00:51 | Jugendseminar