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 先日、偶然にもチケットをもらってしまい、Messe Freiburgに行ってきました。前にFrankfurtの照明・建築のメッセに行きましたが、今回Freiburgでやってたのは「Solar」。太陽光エネルギーに関するメッセです。

 Freiburgという所は、環境保全政策でも有名な場所で、その手の人達がよくやってきます。環境保全関係を学びたい/学んでいる学生が、パッと思い出しただけでも身近な知り合いで4人。
 Schwalzwaldという、Freiburgから東に広がる巨大な森があるのは前にも紹介しましたね。これが以前、酸性雨で酷いことになってしまったらしく、この森の再生を願って市民の環境への意識が高まった、という話らしいです。市はドイツの環境コンテストで賞を獲得したこともあるそうですね。

 ど田舎を歩いていても、突然ある家の屋根にソーラー・パネルが載っていたりします。そういう意識が市民に広がってるんですね。まぁでも本当に太陽光発電を広めるには、パネルが安い買い物では済まないのだから、よほど意識を上げるか、技術開発で値段が下がるか、高くても使いたくなっちゃうくらいカッコいいデザインを考えるか、等の条件がかかるんでしょう。


 さてメッセの話。Messe Freiburgは、Frankfurtのそれのように巨大ではないのですが、屋内展示場にブースが立ち並んでいます。さぁ所狭しとアレが並んでいます。そう、ソーラーパネル。知りませんでした、こんなにたくさんのメーカーがあるなんて・・・ 素人目には何が違うのかわからないので、一体どうやって会社を選ぶのか甚だ疑問です。
 そのソーラーパネルの現在の主な研究事項は、「曲面」らしいです。いまのところパネルは平面でなければならず建築物等への設置に少し制限がかかるそうで、自由に曲面を作れるパネルを開発しているところのようです。
 メッセでは、マット状のパネルを使った新製品の建築用材が(実際の施工例も含め)展示されていました。少しずつ自由な曲面に近づいていってます。

 太陽光発電の主な用途は、ドイツでは「温水器」が主流のようです。巨大な温水タンクがいたるところに展示してありました。中には電気を経由せず、液体を直接屋根へ送って、太陽光で温めるって方法もありました。うん、これは分かりやすくて無駄がない。


 いいですよね、クリーン・エネルギー、太陽光発電。火力や原子力みたいに廃棄物も出さないし、水力みたいに巨大な設備もいらないし。もっとみんなでこれを使ったらいいのにね。


 …あぁ気持ち悪い。不快感を覚えるくらい「いい子ちゃん」な発言をしましたが、それだけを言うわけにはいかないでしょう。残念ながらクリーンなだけではありません。

 第一。たしかに太陽光発電は、その「発電」の段階においてはクリーンだと言えるでしょう。ところが、まだ詳しくは調べてないですが、パネルの製作段階ではよろしくない廃棄物を結構出している、という話です。無論、メッセでは語られていませんでしたけど。
 つまり、もっとたくさんのパネルを作って太陽光発電を流行らせよう!というのは、裏側では毒を撒いていることにもなるわけです。おそらく重要になるのは、火力・原子力とソーラーパネルと、どっちがより少ない/汚染度の低い廃棄物で済むか、ということでしょうか。

 第二。今回のメッセでは、その大半が太陽光「発電」を目玉にしていました。近頃の家庭用機器も、どんどん電気式が増えてますよね。近代的な生活は、ますますますます電気を使うようになっています。
 これはどうなのか。そもそも大して電気が必要なければ、あせってエネルギー開発をする必要もないのでは?と思います。せっかくクリーン・エネルギーって言って量産しても、その消費量が上がってしまったら元も子もないのではないでしょうか。
 だから、より少ないエネルギーで不自由ない暮らしをできる方法論を探り、そういう技術開発を進めていくことも、反対側では非常に重要なんだと思います。そういう展示が殆どなかったのは、イマイチでした。(企業としてやれるものではない、ということかもしれませんが。でも市のブースもあったよなぁ・・・)


 そんなことを思いながら屋外へ出ると、鏡を使って焼肉や煮込み料理を作れる装置の展示があって、そうそうコレコレと納得してました。普段の生活には使いにくいけれど、キャンプなんかの道具にはいいですよね。展示としても、こういう方がよっぽど分かりやすいですよ。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-30 02:17 | Report (Deutschland)
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週末だろうがなんだろうが、最近とても忙しい・・・

昨日は湖で数分泳げたけれど、やはり忙しい・・・

「いしょがしい」って打ち間違えるくらし、忙しい・・・

おそらく7月末まで続くのでしょう・・・

ではごきげんよう・・・
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-26 20:58
「一番好きな映画は何? それについて発表しましょう!」

という課題が授業で出たりするんですが、こういうのが一番難しい。知ってる映画が少ないせいもあるんだろうけど、「一番好き」っていうほどグッとくるのが浮かばない。どれもこれも、まぁおもしろいといえばおもしろいが、一番好きか?というと違う気がする。それゆえ、発表する内容なんて、まるで浮かばない。

どんなジャンルが好き?の類もそれ。何のジャンルかによらず、大抵のものは特定のジャンルに収まらない。例えば音楽の話にすると、僕はテクノは好きでクラシックは嫌いのようだが、聞いててイライラするテクノもあれば、聞き入ってしまうクラシックもある。さぁ、好きなジャンルは何だ?ということになる。そうなると、話を組み立てられなくなる。

単語を知らない、文法がわからないならともかく、こういう話すべき内容が無いパターンが、どうしようもなく困る。もう日本語だろうがドイツ語だろうが関係ないところで困る。

自分の語学力の一番の問題点は、ここにある気がする。

なんでみんなは、そんなベラベラと話すことが浮かぶのだ?!
なんでカテゴリーで好き嫌いを判断できるんだ?!


あとあれだ。映画を観たあと、「どうだった?どう思った?」って聞かれるけれど、「どうって…?」と困ってしまう。そんな簡単に言葉にならないんですけど… あれがどうだった、これがどうだったって、例えば映像とか音響とかについて話すことは出来ても、それって映画の感想じゃないしねぇ。たいていのは言語化しないまんま体の中に落ち着いていくんですが、他の人はそうでもないんだろうか?? いきなり言葉が湧き出すような作品は、そうとう稀ではございませんかねぇ…

う~む・・・
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-22 20:33 | ひとりごと
 そんなこんなで語学学校に復帰し、毎日はるばる通っているわけですが、やっぱり聴音は難しい。ネイティヴにびゃーびゃー話されたら、ついていけません。だから教科書付録の音源を個人的にも借りて、耳を鍛えようと試みています。

 家から学校まで、最短でも40分はかかって、この一週間で思うに自宅での時間はあまりない。よって、聞くとしたらこの時間がベスト。

 でもね、その音源は「カセット・テープ」なのよねん。いちおう再生機も借りたけど、なにせAC電源がないと動かない。しかもヘッドフォンつないでも左しか鳴らない。ノイズもひどくてヘッドフォンでは聞けたもんじゃない。

 そこで、いままでのコンサート録音・編集の経験を活かし、昨日これをCDに移植してしまいました。CDなら、ポータブルも持ってる。頭出しも格段にラク。

 一時間以上かけてPCに取り込み、勘所だけ押さえた高速編集ながら、EQでノイズを削り、モノラルのままだとヘッドフォンで聞くには疲れるから軽くリバーブもかける。念のためリミッターだけかませつつも、書き出し時間を増やさないために無駄なエフェクトは使わない。ソース(音源)自体の不適当だった音圧や間(ま)を修正し、68分48Tr.を書き出し、CDに仕上げました。

 編集中、われながら一体なにをムキになってるんだろう、と思ったのでした。
 こういうことする学生、極限までに少ないだろうなー。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-19 22:51 | ひとりごと
:::: その伍 ( 6/04-07 最終話 ) ::::

 Lanca de Jos (Gyimesközéplok)を後にした私たちは、まずCorund(Korund)という村に寄りました。ここにはお土産物がたくさん並んでいます。以前友人宅で見て以来ずっと気になっていたマグカップを購入。さらに、衝動買いに近いですが2m×60cmくらいの綺麗な絨毯を入手しました。生産地であるということと物価の低さとで、とても安かったです。デパートなんかの安物より質がよくて値段が低いのでは?と思います。
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 教会に立ち寄ったところ、そこの管理(というか雑用全般)をやっている女性に会いました。友人の通訳によると、「むかし私が別の町に留学してたときね、ある日本人が「結婚して!」ってしつっこく迫ってきたのよ」というエピソードを語ってくれました(笑)。



 いいかげん風呂に入りたい!と願う私達。ついにその願望が叶うときが! やってきたのはSovata(Szováta)。ここは池の町。大きな温水の池で泳げるんです。

 さぁ喜び勇んで池に到着。
 あれ? 誰も入っていない…

 冷水でした(笑)。温水といっても天然光で温まるだけなので、曇・雨つづきだったこの時はダメでした。でもみなさん我慢ならんので、我ら7人で独占してました(笑)。後からやってきた観光客達が、もの珍しそうに眺めていました。

 この池の水は塩水で、土壌の塩分を取り込んだ水が流れ込んできています。池の下層部は塩分濃度が高く、表層は低く、その境界で光の屈折が起こり、より多くの光を取り込んで温かくなるという仕組みだそうです。さらに地形的(湖底の地形)な原因によって、さらに効率的に温まるんだとか。「やっぱ夏は海(塩水だから)だよねー!」とか言ってふざけてました。
 ま、ともあれ冷水でしたけどね(笑)。シャワーまで冷水でやんの。


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 この日最後の経由地は、Sighişoara(Segesvár)。古い町並みの残るところで、丘の上の一帯は高級地なんだとか。車で入るにはお金を少々払わねばなりません。そんな場所なもんだから、静かにしなきゃいけません。当然ながら、

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トランペットは吹いちゃいけません。



 今日走ってきた地域は、ずいぶん貧しい地域でもあるようです。道を尋ねに車を止めると、わらわらと子供たちが(時として大人も)集まってくる。お金ちょうだい食べ物ちょうだいっていう、物乞いの人達です。本当の生々しい(この表現は適当ではないけれど)物乞いの人を見るのは、私には初めてでした。テレビや物語の中だけの出来事が、生々しい現実として目の前に現れたのですね。
 この古い町にも、そんな少年達がいました。10歳くらいだったろうか、車が入ってくると駐車場へ誘導を始める。止まったところで、「僕がここの案内をする(からお金をちょうだい)」と言う。また彼らは3ヶ国語ほどを使えるらしい。断ってもなかなか引かず、ねばるねばる。

 物乞いの子供たちを、特にこの町にいた子供たちを見ていて、なんとも言えない気持ちになりました。体つきはまだ可愛い10歳くらいなのに、大人相手に堂々と交渉をしている。数ヶ国語を駆使し、自分が、まさに「食っていく」ためのお金を、自分の力で手に入れている。物乞いというと、いささか侮辱の意味が込められていることが多いと思うが、彼らを前にするとそんな事は思えなかった。
 私は自分の生活費を自分で稼いだことが無い。幸い家庭がある程度裕福であったから、お金に関して苦労することはなかった。大学にも行かせてもらったし、今も外国での遊学をさせてもらっている。もちろんアルバイトをしたことはあるが、切実にお金のためというよりは、あくまで経験を積むという目的でやっていた節がある。だから大した金額を稼いだことも無い。
 ところが目の前の彼らは、まだ自分の半分以下の年齢なのに、おそらく自分の生活を(少なくとも大部分を)自分で成り立たせている。そう考えると、彼らの方がよほど偉いと思ってしまう。

 彼らに大きな態度を取っていい人間は、
 実はあまり多くないんではないだろうか。

 自分と彼らとの間にある隔たりは何なんだろう… そう考えていました。



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 翌朝にOradea(Nagyvárad)に寄りながら、午前中には国境を越え、昼ごろにはBudapestの叔父宅に到着しました。叔父さんを中心にみんなで昼食を作って食べ、おやつにクレープを焼いたりしながらのんびりと過ごす。ここでそれぞれバラバラになり、私と友人の3人はBudapest中心部の家に帰りました。夕飯に念願の(笑)鯉のスープを食べ、遅くに飲み屋に行く頃には体力的な限界を迎えてました。


 午前中まるまる起き上がれず、ようやく昼前に家を出る。再び3人で集まって昼食を取り、午後16時頃の列車でBudapestを後にしました。Wienで夜行に乗り継ぎ、なぜか墺・独の国境でパスポートを入念にチェックされ本部と電話確認までされながら(何も問題はないんですが)、翌7日の朝にはFreiburgに帰り着きました。


 わずか一週間の旅でしたが、長い一週間の旅でした。
 ずいぶん経験地の上がる旅でした。

 誘ってくれた友人と、さんざんお世話になった一家の皆様に、心から感謝です。


P.S.
 8月から学校に入るのを踏まえ、6・7月は再び語学学校に通うことにしました。そういうわけで、7日の朝8時にFreiburg中央駅に到着し、そのまま休む間もなく大荷物をぶら下げて語学学校へ直行し、最初の授業を受けていたのでした。大丈夫、授業中は寝てません(笑)。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-16 21:23 | Report (Ausland)
:::: その四 ( 6/03-04 ) ::::

 ミサを終えて山を下り、ひとまず休憩。昼食兼夕食を食べに行くことに。とはいってもここは小さな村なので、売店なんかほとんど無い。ましてやレストランなんて…

 というわけで、車ではるばる出掛けました。温泉に入りたいよね!っていうもくろみもあったので。ところが目的地に着いてみれば、すんでのところで温泉は閉店。ブダペストを出てから一度も体を洗えぬまま、しばらく我慢せねばなりませんでした…
 仕方ないので別の町へ行って食事にありつく。ところがこれが美味い。ルーマニア製ビールにグヤーシュ(スープ)と肉料理を食べ、大満足でした。

 さて村の教会に戻ると、もう20時を過ぎていました。ここからミサの続きです。昼間とは違って人数もグンと減ったので、今度は教会の中です。
 まず最初は、少年少女の楽団によるコンサート。彼らは孤児として教会に住んでいる人達です。で教会の主人(?)が彼らをまとめ楽団にし、オリジナルの音楽を作り、各地でコンサートを開いたりCDを販売したりして自分達で収入を得ているそうです。
 始まった演奏は、ポップな感じ。教会の中でバンドのライヴをする、といえば分かりやすいでしょうか。若者からお年寄りまでノリにノッてて、拍手喝采でした。ファンと呼ぶのだろうか、曲を覚えていて、歌詞カードを見ながら一緒に歌ってる人もいました。
 「教会でカトリックのミサ」というと、どうしても厳かなイメージがあったんですが、これには驚きました。そして何より、こんなにも村人達を楽しませているということが、とても感慨深かったです。こういう宗教行事のあり方、こういう音楽・芸能事のあり方って、とてもいいなと思いました。

d0014524_2042247.jpg 引き続き聖歌合唱があり、ほんとの「ミサ」も始まりました。朝までぶっ続け、オールナイトです。あんなに歩いてきて疲れてるはずなのに、更に朝まで祈り続けるというのは、やはり何か深いものを感じます。「敬虔な」という言葉が、しっくりきました。
 私はというと疲れ果ててしまっていて、ミサ中には意識も朦朧としていました。時として眠っていました。それでも、車に戻って眠らずに、教会の中に朝までいようと思ってねばってました。


 ミサというのは、出席したことがある人は知ってると思いますが、最後に参列者がそれぞれに握手を交わすんですよね。もちろん今回もありました。
 こんな片田舎の小さな教会にアジア人がいること自体、さぞや奇妙だったと思います。旅の途中、驚いた顔で視線を向けてくる人は実際多かったです。でも、この握手のときには何のためらいも無く優しい顔で握手を交わしてくれるんです。

 「同じ神を信じるものならば、そこに垣根は無い。」

 そういう意識があるのかな、と思いました。残念ながら宗教戦争というのは各地で絶えないものです。ですがこの小さな村にあっては、対立ではなく融和の力として宗教が存在していました。こういう宗教のあり方は、とても望ましいなと思いました。
(正直なところ私はキリスト教徒では無いですが、それを否定するつもりはないし、それを信じる人を否定するつもりもまったく無いので、キリスト教徒を尊重する気持ちを持った上で、私もミサに参列していました。)

 ミサが終わり、すぐに再び山頂へ登りました。日の出です。残念ながら地平線から登ってくる姿は見えませんでしたが、数百人が集まって、その静かな朝を迎えていました。


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 夫婦のいる村に戻り(今度は車です)、朝食兼昼食。ちょっとのんびりして、出発の時間になりました。みんなで記念写真を撮って、お別れの挨拶。私はハンガリー語をろくに知らないので挨拶もまともに出来ませんでしたが(いいかげん少し覚えんといかん)、むこうのおばあちゃんが「あなたに会えてよかったわー!」なんて言ってハグしてくれたり。日本でもルーマニアでも、田舎の人は温かいです。

 田舎暮らしになると、お金はないし、便利さも無い。けれど、心の余裕というのは段違いにある。不便だけど、満足して暮らしていける。お金儲けに走ると、心は狭くなり、何かに追われる生活になる。だったら、むしろ田舎暮らしのほうが良いのではないか、と思ったり。
 しかしもちろん、お金が無いと新しい知識や経験を得るのは難しい。自分自身、両親祖父母や先祖のお金によって今の経験を得ている。村の暮らしに満足しているというのは、裏を返せば、その暮らししか知らないからだ、と言えなくもない。だとしたら、それは「本当に」満足なのか。

 ただ言えるのは、最終的に、そして決定的に重要なのは、やはり人間らしい温かみのある人柄や生活である、ということだ。

 では「人間らしい」「温かみのある」とはどういうことか?
 これを見極めるために、私はまだ時間と経験を必要としています。

(次回いよいよ完結編!)
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-14 20:43 | Report (Ausland)
:::: その参 ( 6/03 ) ::::

 目を覚まし、急いで寝袋を畳み、出発の準備を整える。時刻は3時。もちろん午前。ここからが今回のメイン・イベントです。詳しい内容は知らなくて、前日に車の中で初めて聞いて、ビビりました。

 午前3時は、いくらなんでも真っ暗です。ど田舎だから街灯もわずかだし、前日の雨のせいで道路はぐちゃぐちゃ(表通り以外は舗装なんてされてません)。寝袋など必要ないものを車に残し、そんな中を近所の教会まで歩いていきました。私のボロボロ靴には、あっと言う間に水が染み込んできました。
 午前3時半、教会の前には長蛇の列。うごめく人の影。
 さぁ、いよいよスタートです。

 "Pilgrim"って知ってますか? Pilgrim Fathers だったら聞いたことあると思います。日本語に訳すと、「巡礼」てな感じです。この地方にはPilgrimの慣習があって、年に一度、この地域一帯のメイン教会へ出掛けてミサに出よう!のコーナーなわけです。
 さて、それはいかほどものか。この村から目的地のMiercurea Ciuc (Csíkszereda)まで、その距離、約35km。これを、「歩きます」。

 真っ暗なので、どこに誰がいるのか、何がどこにあるのか、よくわかりません。経文を唱える声、聖歌を歌う声、先頭を行く鈴の音、私には未知すぎる長蛇の列が、ぞろぞろと歩いて行きます。しかも決してゆっくりとは言いがたいスピードです。

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d0014524_2231373.jpg 一時間ほど歩くと、だんだん辺りが薄明るくなってきて様子がつかめてきました。列は予想外に長いです。辺りの様子も見えてきました。本当に、山間の小さな村って感じです。
 2時間3時間も歩くと、もう何が何だかわかりません。いったいどれ程歩いたのか、あとどれ程歩くのか、気が遠くなってきて、もうどうでもよくなってきます。


d0014524_2233844.jpg あるとき気付いたんですが、ずっと上りなんですよね。だんだん急になってきてるんですよね。話を聞けば、山を越えるそうです。あぁ、やはり。途中から車道を離れて斜面に登りだしました。近道です近道。
 せっかく乾いた靴をまた湿らせ、霧の中を進む。やっと頂上を越え、あとは下りだけとのこと。だが下りは下りで歩きづらい… ゴツゴツの地面、泥の地面を下るのは、ラクじゃないです。


d0014524_224148.jpg そうそう、途中でトラックが停まってるのを何度も見かけました。よく見ると中に人が乗ってます。ははぁ、そういうことですか。歩けない人、怠けたい人用のタクシーです。でもどう見ても、人身売買かなんかのトラックに見えて仕方が無い…


d0014524_2241892.jpg 山をほぼ越えたところで、途中休憩。30分程休んだあと、再び出発。ここからは平野です。いくつかの村を通り抜けたのですが、この行列を見物してる方々がたくさんおりました。飲料水を振舞ってる方もおりました。村々の教会は、行列が来ると鐘を鳴らします。


 ひとつ書いてなかったことがあるんですが、前日から疑問だったことがあります。ここはルーマニアです。で、私が同行した6人は全員ハンガリー人です。なのに、みんな平気な顔して会話してるんです。今日の行列も、なぜかハンガリーの国旗が目に付く。これはどういうことか。
 Transilvaniaという所は、かつてはハンガリー内にあった場所なのです。正確な年数は知りませんが、ルーマニアになってまだ数十年程度でしょうか。そういうわけで、住民たちもハンガリー語を話し、ハンガリー時代(あるいはもっともっと昔)からの風習であるこのPilgrimもハンガリー文化に根付いている、というわけです。(記事中で地名を2ヶ国語で書いているわけは、これです。)

d0014524_2243785.jpg 最後の村を通り抜け、いよいよ目的の教会が見えてきました。見えてきた! けど遠い! なぜ着かないの! …と、さんざん思った末、ようやく教会に辿りつきました。ここまで8時間。長い道のりでした。昔の人にとっては「近所」の範囲らしいんですが、私にはちょっとキツかったです…


 ここで新たな疑問。なぜみんな止まらないの?
 なぜ? なぜなの?

 嫌がらせですね(笑)。「この日は大勢が集まる日だから教会には収まらない。→よって集合場所は、その裏手の山頂にある広場になります。」


d0014524_2245838.jpg 疲れ果てた足で、教会裏の急斜面を登る。群集が登る。まるでどこかに攻め入るか、逃亡するかのように、民族大移動さながら、群集が斜面を登る。そしてようやく本当にたどり着いた目的地。体力的には限界ぎりぎりでした。しかし一息をつくどころか、目の前の光景にカルチャーショックを受けてしまいました。


 山頂に集まった人の数たるや、軽く2、3千人を超えると思われます。遠くウイグル(中国西部)から来た人達もいたそうです。そして初めて見る屋外ミサ。私は福岡にいる頃、海ノ中道で野外ライヴのスタッフをやったことがありますが、なんかそんな状況でした。PA設備や大型スクリーンまで設置してあるし。でも正真正銘カトリックの「ミサ」です。社会科の教科書で「メッカ巡礼(カーバ神殿ですが)」の写真を見たことはありましたが、いざ目の前にすると驚愕してしまいました。

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 疲労で朦朧とし、目の前の光景に驚愕し、呆然としていた私でした。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-12 22:05 | Report (Ausland)
:::: その弐 ( 6/02 ) ::::

 友人と家族、私ともう一人の友人、計7人を乗せた車は、午前1時半頃にBudapestを出発しました。目指すはルーマニア、Transilvania地方。運転するのは一家の父、真夜中の道路をぶっ飛ばします。英語がちょっと通じるので、出発前に「運転、大変ですよね?」って聞いたら、「僕、好きだからねー。」とおっしゃってました。友人の話では、パリ・ダカールラリーにも関わった人らしく(?)て、往路・復路ともパワー全開でした。暗闇の中でも大雨の中でもパワー全開でした。後ろで5人が眠ってても、パワー全開でした。
 ナビゲータの叔父さん共々、大変お疲れ様でした。
 ありがとうございました。

 ここらで今回の移動の様子を、地図上で確認しましょうか。相変わらずMicrosoft Paintで書いてるので、これ以上のクオリティはきついっす(笑)。地図を目で追いながら描き写しただけなので、若干の縮尺誤差があると思います。
 ヨーロッパって、国が多いですよね。ドイツが「ここはドイツだ」と主張できる根拠なんて、本当はほとんど無い気がします。他の国々もまた然り。国家・国境なんて、誰かが勝手に決めただけのものですからね。
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 さて、上の地図が今回の様子です。乗り継ぎ、立ち寄った所に赤点を打ってあります。色線の西端から東端まで、およそ1,500km。青色は鉄道移動、緑色は車、黄色は・・・です。(今回の記事 Reise II は、上側の緑線にあたります。)


 記録を取っていなかったので正確な時刻は忘れましたが、夜明け頃(4時頃?)に国境を越えました。ついでに、そこで両替。ルーマニアの通貨はLEI。現在は旧10,000lei -> 新 1lei(だったと思います)の切り替え作業中で、新旧紙幣が入り混じってます。物価は安くて、ユーロ地域の1/3くらいだった記憶があります(不確かですが)。

 余談ですが、旅の間の一週間は基本的に英語のみで暮らしていたので、どうも日本語のようには正しく記憶できていないようです。会話の内容とか、結構抜けてます。なにせ僕の英語は生活最低限レベルなので、その場の応答が精一杯だったわけで…

 最初に立ち寄った町は、Cluj-Napoca(Kosozsvár)。注:ルーマニア語名(ハンガリー語名) 残念ながら雨でしたが、まずは教会に入りました。観光地らしく、結構人が来ていました。
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 さて朝食を取ろうとカフェに入る。服屋併設のところで、オサレな店内でした。

 …がっ!!

d0014524_20211227.jpg←写真をご覧ください。日本語吹き出しの漫画が壁画になっております。なんの漫画か知りませんが、「心配(フリガナ付き)すんな」「人間の力ては魔人の「暗黒体」には対抗てき………ん」そうです。微妙に濁点が抜けてて愛らしいですね(←どこがだ)。まさかルーマニアで日本語を見るとは思いませんでした。残念ながら店員さんは日本語分からないみたいでしたが。


d0014524_20214437.jpg 次に立ち寄ったのは、Paraid(Parajd)。ここの特産品は、右の写真の物体です。これ何だか分かりますか? 「岩塩」です。ほんとに岩でした。でもしょっぱい。こいつを体重計に乗っけて量り売りです。一家の母様はコレがお気に入りだそうで、コレを買うために寄ったらしいす。

d0014524_20225024.jpg この岩塩は、実際に村に鉱山があって、そこから掘り出してきた物のようです。鉱山内のツアーバスも走ってました。いやぁしかし、岩を運んだ手がしょっぱくなるっていう体験は、初めてでしたね。

d0014524_20231950.jpg もうひとつ、これはTransilvania地方ではごく普通の食べ物なんですが、おもしろいので紹介します。このお兄さんが作っているのは"Kürtös Kalács"という菓子パンの一種です。ドラムに生地を巻いてぐるぐる回しながら炭火で焼く。砂糖が付いてて、焼くとカラメル状になるんですね。お好みでシナモンなどを追加できます。1本400円くらいの価格でした。結構おいしいですよ。



 ようやく辿り着いた目的地の村、Lanca de Jos (Gyimesközéplok)。この村のとあるご夫婦の家に泊めていただきました。行く途中に聞いたんですが、アポ無しだったらしい(!)。友人が何度かお世話になってた人らしくて、「大丈夫だよ」という判断のもとで行ってしまったようです。ご夫婦はさぞ驚いたことでしょう。7人もの団体さんが突然やってきたんだから(笑)。
d0014524_20235317.jpg 快く家に入れていただいて、しばし歓談。みんなが何話してんだか僕にはさっぱり分かりませんが、こちらの奥さんの声を聞くだけで、久し振りの訪問客をとても喜んでいるのが良くわかりました。そういえば今回の旅の間は、非言語情報について考える機会が多かったですね、ずっと外国(アウェイ)だっただけに。


d0014524_20242192.jpg こちらの家では牛も2頭飼っていて、乳絞りを現場で見させていただきました。なんか目の前で見ると異様です。あれよあれよとバケツ1杯分の乳が出てきます。そんなに一杯どこに入ってたの?そんなに吸い取られて大丈夫なの?って思ったんですが、心なしか絞られてる牛が気持ちよさげに見えて不思議でした。

 Transilvaniaっていうのは、Tran/越える、Silvania/森っていう意味だそうです。この村も森の中にあって、日暮れまで時間が無かったので、数人で急いで近くの山に登り景色を楽しみました。素晴らしかったです。

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 この日の晩は、こちらの家の一室で、寝袋を駆使した雑魚寝状態で7人が眠りました。まるで大学時代の制作部屋のような眠り方だ(笑)。前日が車の中での仮眠だったものだから、あっという間に眠ってしまいました。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-10 20:25 | Report (Ausland)
 昨日の朝、一週間の旅から帰ってきました。なかなか盛りだくさんな旅でした。さぁこれからゾクゾクと記事を載せていきますよー。

:: その壱 ( 5/30 - 6/01 ) ::

 出発したのは5/30(火)。町へ出てゲーテに行ってコンサート&CD制作関連の用事を終えるため駆け回ったり、家賃諸々の入金をしなきゃならなかったりとバタバタな一日でした。一部の仕事は残ってしまったけれど、どうにか出発できる状態にはなった。急いで家に帰り荷物をまとめ、あまり荷物の確認もできず&のんびり出来ないままの出発でした。買っていきたい物もあったんですが、時間がないのでパス。Freiburgを出発したのは20時半でした。

 第一目的地はBudapest(ハンガリー)、列車での旅です。Baden-Badenで乗り継いだWien行きの列車は、かの有名なオリエント急行。Paris(フランス)→Wien(オーストリア)を17時間くらいで走ります。切符には何も書いてなかったので、時刻表を見て初めて列車名を知りました。
 ところが来た列車を見てみれば、ごく普通の夜行列車でした。まれに豪華な仕様のが走ってるらしいですが、普段は普通の夜行列車です。乗ったのは座席車でしたが、意外と作りに余裕があって、窮屈さを感じることなく眠れました。
 ところで、Wienはまだ「オリエント」じゃないのでは?と思ってしまうのは僕だけでしょうか。

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 早朝のWienで乗り継ぎ、Budapestへ。もう3時間で到着です。いやー近い近い。国境地帯には無数の風力発電機が並んでました。緑一色の広大な草原に無数の風車が並ぶ姿は、なかなかのものでした。
 もうすぐ到着だなぁと思っていたら、異常発生。なんか焦げ臭いなぁとは思ってたんですが、列車が白煙を吐き出しました。もちろん蒸気機関なんかじゃないですよ。客車の下からです。そしてついに、Tatabányáって所で緊急停車。
 あーやばいなーと思ったんですが、数分間だけ車体をチェックして、なんと再出発。結局30分だけの遅れでBudapestに到着しました。お客の一人が「大丈夫なんですか?」って聞いてたけど、車掌は「なんもないよー」ってな感じ。なんだったんでしょうね。

 Budapestに来るのは、記憶のある範囲でも3回目。異国の地で言葉も分からないけれど、なんだか慣れた感じです。迎えに来てくれた友人達と昼食をとり、さっそく夕方からは第一のイベントでした。

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↑写真をご覧ください。そうです、オペラ劇場です。本格的な劇場でオペラを観る機会を得てしまいました。しかもなんと、あの客席背後にそびえるボックス席で。オペラを実際に観るのはこれが最初。最初の観劇を最高の状態で体験できるなんて… しかもこれ、友人の祖母の「御招待」でした。ありがたや、ありがたや。
 ちなみに出発前に友人から「綺麗な格好を用意しておいてね」ってメールをもらってたんですが、当然そんなものもってないし、バタバタで買う時間もなかったので、旅の格好のままで行ってしまった罪な私です。
 演目と感想については、後に回しましょう。

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d0014524_23124111.jpg 翌日はのんびりと過ごしました。町中の散策ですね。天気が良かったので、とても気持ちよかったです。午後は一人でドナウ川沿いを歩き、最後はVásárcsarnok(屋内市場)へ。いやぁ太陽の下を歩いて喉が乾いた後に飲むビールって、美味いっすよ。日本で暮らしてた頃はビール嫌いだったのに、体がすっかり欧式に馴染んでしまったようです。ちなみにハンガリーのでは、Arany Àsokって銘柄がお気に入り。


 夜になり、いよいよ出発。まずは郊外にある友人の叔父宅に寄って、一家勢ぞろいの今回のメンバー7人が結集。軽く夕飯を食べ、午前1時頃にルーマニアへと出発しました。



 今回劇場で観たオペラは、Richard Wagnerの"Die Meistersinger von Nürnberg"。出演はハンガリーの人達ですが原語ドイツ語での上演でした。といっても、歌のドイツ語を理解するのは、私には無理でしたけどね(笑)。舞台上(天井近く)にLEDの表示板があって、ハンガリー語の字幕が出てました。どっちにしろ私には理解できないんですけどね(笑)。
 開幕前の序曲で、アリナミンAで有名な(?)テーマ曲がさっそく登場。3幕5時間に渡る大作が始まりました。

 演目の内容や演出についても書きたいことが色々あるのですが、まぁそれは一度実際に観ていただくとして、今回は自分の率直な感想を書いていこうと思います。

 話の内容を知らない&何言ってるか分かんない状況での観劇だったわけですが、とある強烈な印象を受けました。それは、「舞台がまさに一人の人間のようだ」ということでした。当たり前ですが舞台上には数十人の役者達がいます。オケピに演奏者たちもいます。何十人もの人達が舞台を作り上げているはずなのに、けれどそこには一人の人間(というか魂というか)だけがいるような印象を受けたのです。

 気付いたのは第一幕の後半くらいから。何十人もの役者達はそれぞれの言葉を歌っているはずなのに、誰一人その人自身の心の言葉を話していない気がしました。というか、何十人の体を通して、ただ一人誰かが語っているような印象を受けました。
 第一幕中盤あたりはひどい眠気に襲われてしまったのに、それに気付いて以来、第三幕の最後の最後まで、もの凄く惹き付けられながら食い入るように観ていました。

 果たして何故そんなことを感じたのか。
 そして本当に語っていたのは誰だったのか。

 幕間の休憩時間や観劇後、色々考えました。そして思いました。やはり語っていたのはワーグナーなのだ、と。

 舞台演出こそ別の人がやっていましたが、この作品の脚本・音楽の全てはワーグナーによる制作です。つまり「音」の全てはワーグナーによる、ということです。また劇中に音楽のない部分はほとんど無く、舞台の進行という「時間/間」、つまり役者の動作までもがワーグナーの支配下におかれることになります。
 今回の状況では、私は「言葉」の言語的な「意味」を理解することが出来ませんでした。よって私が聴いた「心」は、すべて非言語情報つまり「音」としての言葉と音楽、役者の動きに拠っています。それらが全て一人の人間の意識に拠るものであるならば、ただ一人の魂を感じたのも納得がいきます。

 しかし、それを成し得るのはとんでもない事だと思います。観る者に訴えかける程の強力な魂を封じ込め、5時間もの大作を作り上げるのは、尋常な作業ではないと思います。私も制作というものに関わっている身ですが、ここまで強力なものを仕上げるというのは尊敬に値します。いやー、まじで凄いです。

 私は元来オペラというものが嫌いでした。「なんなんだその変な喋り方は!」という違和感を感じ、子供の頃から嫌いでした。今回の作品にも、納得いかないダメ出しをしたい所が沢山ありました。喋り方の違和感はやはり拭えないし、音楽があまりにも鳴り続けてるし、全体が一人の言葉であるということは、言ってみれば、役者がまるで生きていない/役者には心が無いということにもなるわけです。
 けれど、やはり認めざるを得ない強力なものを感じたのも事実です。

 舞台の幕が閉じたとき、悔しいけれど、私はかなり興奮させられていました。内容すらよく分からなかったのに、です。ナチス・ドイツはワーグナーがお気に入りだったようですが、納得できます。
 今回のオペラ観劇は、自分の制作を見直し、また何より芸術と呼ばれる「作品」の持つ効能を考え直す良い機会になりました。
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by Sterun-schnuppe | 2006-06-08 23:15 | Report (Ausland)