<   2005年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

 芸工大(現九州大学大橋キャンパス)のある町、福岡市南区大橋。ここに「まつりおおはし」という地域の夏祭りがある。大橋商店街連盟を中心に、8月の初め2日間にわたり、大橋駅前で開催されている。昨年2004年の8月、私は芸工祭スタッフを引き連れて、この祭りに飛び込みました。

 私が学祭スタッフと「まつりおおはし」スタッフとの関係を築こうと思ったのは、2003年6月のこと。舞台やイベントを創造する学祭スタッフと、自分たちの町をより良くしようと新たなネットワークを創造する市民団体との間に、何か新たな関係が生まれるのではないかと考えた私は、インターネットで南区の市民団体を調べたり、南区役所に出入りして情報を収集していました。そんな中、八女元気!計画での自分の経験を生かせる「地域の祭り」との連携を第一の出発点に選び、その後の構想を練っていたのでした。


 1年目(2003年)は、まず相手を知ろうと単身乗り込む事にして、1ヶ月ちょっとにわたり実行委員会に通いつめました。ところが予想外に仲良くなってしまったので、急遽、火祭り隊残留を決めてくれていた6人を呼び込み、当日と前後の4日間、ともに汗を流したのでした。これならいける… そう思った4日間でした。

 翌2004年、自分が学祭企画頭会議に出られるのをいいことに、みんなをそそのかして「学祭の広報活動」として正式にまつりへの参加を決定。当日は試験期間中であるにもかかわらず、総勢40名を越す芸工祭スタッフが参加してくれました。準備作業のあまりの早さに、まつり実行委員が唖然としていたのは、言うまでもありません。
 参加した人達から「楽しかった」と言ってもらえた時は、私は嬉しくてたまりませんでした。本当に、みんなありがとう。


 この祭り、27年目にして初めて、芸工大生がスタッフ参加したと聞きました(つまり私たちはパイオニアです!)。こんなに近所にあるのに、なにか不思議な感じもします。この2年間で町の人たちの心に、新たな芸工大生像が刻まれたことでしょう。当日のアンケートで、「学生たちの一生懸命な姿が印象的でした。」というものが数多くよせられており、このことを物語っています。



 さて、ではなぜ市民団体との関係を築こうとしたのか。
 私がこの構想を練っていたのは0研と同時のこと。つまり目指すは、統合後の未来。新大学を創るにあたり必要なものを、私は学外に求めたのでした。

 人間の能力を伸ばす2つの要素があります。「能力を発揮する場」と「その能力を必要としてくれる人」。まつりおおはしでいう「まつり」が場であり、「実行委員」そして「来場客」が人にあたります。

 今もし学生と社会の間に「生きた」関係が築け、そして続いていくなら、学生が学生の身でありながら社会の中で活躍し、より多くの視点、より高い能力を身に付けていけるシステムが出来る。そしてそれは、「誰かのために何かをする」という、デザインの根本的な精神を育むものでもある。
 また社会の中で、つまり他人の視点を深く感じながら活動していくことで、「自分はどこにいる何者で、どんな能力をもっていて、これから何をしていけばいいのか」ということを考えるキッカケを、そして答えのヒントを数多く生み出すことが出来る。そしてそのヒントは、誰か一人の個人的な考えを植えつけるのではなく、様々な人と人との関係の中から生まれてくるという、理想的な形で生み出される。


 将来の大学を、まだ見ぬ後輩たちをより素晴らしい能力を持ったものに育んでくれる社会的な「システム」の発端を、私は「まつりおおはし」を通して切り開こうと考えていたのでした。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-29 23:46 | Portfolio
 あの時期(plusG本番直前、chripa2003 1ヶ月前)に寮長を引き受けようと思うなど、普通に考えて正気の沙汰ではない。身体に無理をかけることは、容易に想像できていた。
 それでも寮長をやろうとおもったのにはわけがある。
 私は寮に恩を感じていた。そして、魅力を感じていた。100人もの大家族でありながら、その中に人間らしい交流がある。ほとんどの人が部屋の鍵をかけないくらい、深い信頼関係がある。そんな魅力ある寮を、先の見えぬ大学統合の先へと残していくには、だまっていてはダメだということは明白。もしそのために自分が何かの役に立つのなら、もし必要とされているのなら、たとえ忙しくなり身体は厳しくなろうともやろうと思い、寮長に立候補しました。

 井尻寮に対し、私は魅力と同時に不満も感じていた。「井尻寮は井尻寮だ。他は関係ない。」という意識が少なからず寮の中にあったように思っていた。断じて違う。井尻寮とて、他との関係の中にしか存在できない。たとえば近所からの苦情を気にしないというのは、ただのガキだ… そういう不満があった。
 私は、ある意味一番寮生らしからぬ寮長だったかもしれない。きっと私のことをよく思わなかった寮生も多いことと思います。しかし私は、あえて「らしからぬ」発言をしていた部分も多いので、いたし方ありません。たとえ共感されなくても、少しずつでも、そういう視点を盛り込んでいく事が自分の仕事だと考えていました。


 しかし大学統合による変革は予想以上に大きく、見通しの利かないことや突然涌いてくる数々の問題に何度も悩まされました。煩雑な仕事と重いプレッシャーに、何度も潰れそうになりました。誰か甘えられる人がいるわけでもなく、自力で立ち上がるのに必死でした。
 現寮長から言われたとおり、私は仕事を上手くこなせていませんでした。元々事務的・計画的な作業が得意でない上に、重圧感による苦痛で、最低限をこなすので精一杯でした。副寮長のおかげでなんとかなったものの、良い仕事をしたとは、口が裂けても言えません。

 他のプロジェクトの関係で寮にいない事が多かったのも加わり、かつてなく「寮生らしからぬ寮長」であったかもしれません。井尻寮のためだけに多くの時間と心を捧げることは、私にはできませんでした。この事に非難を受けても、私は弁解することは出来ません。


 旧寮務のみんな、苦労かけました。寮生、学務課のみなさん、心配かけました。そして現寮長、現寮務、きっと苦労は多いと思うけれど、よろしく頼みます。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-28 20:57 | Portfolio
自分にとって、一番大きな存在。zero-ken。

 2003年10月、福岡の2大学、九州芸術工科大学(芸工大)と九州大学(九大)の統合が行われた。芸工大の中には反九大生も多く(自分たちは自分たちだ。そこらのとは違う。…という意識)、また九大の中には、統合の事実すら知らない人も多く、そのままでは誰も喜べない結婚になってしまうと思われていた。統合後の学生の配置(たとえば、1年生はほとんど大橋に来ない、とか、教養科目は全学統一で行う、とか)ゆえの不安も多かった。
 はたして九大芸術工学部1期生はどんな人間なのか…
 その後の大学はどうなっていくのか…

 そんな中で、少しでもよりよい未来を切り開くために、芸工大学園祭企画のメンバー有志により結成されたのが、0研 plusGである。芸工大の魂を伝えるため、空間展示、巨大な美術装飾、学生映像作品の屋外上映、もち屋を使っての大学紹介など、数々の企画を携えて九大に乗り込んだわけである。

企画内容の詳細は、ここでは省略します。
誰かplusedGのIllustlatorデータもってたら、今度ください。


 0研は目的のある企画でした。0研が目指していたのは、2003年11月の九大祭ではない。もっと遠く、新九州大学であり、その学生であり、彼らが将来創っていく世界こそが、その目標でした。0研のための0研なんて小さなものではないのです。
 私がこの0研を構想していたとき、実は本当の目的は3つでした。これを、ここに公開しようと思います。

- - - - - - - - - -

壱: 九州大学に芸工大を紹介する。
 今更詳しくは書きません。統合相手である九大に、自分たちのことを知ってもらうこと。そして、新九州大学の種というべきものを、蒔いてくる事。


弐: 全学祭企画からの有志で一つの企画として行動を共にする事で、それまでの企画の枠を超えた、もっと大きなネットワークを構築する事。

 複数存在する学祭企画どうしは、これまでどうしても企画の壁を越えられませんでした。お互いの情報を公開することはなく(同じ建物で活動しているのに)、その壁の中に閉じこもってしか活動していませんでした。その壁を越えれば、より大きな視点で物事を発想できるようになるのに、そういう発想をなかなかもてない。それを打ち砕くキッカケを0研で与えよう、というのが狙いのひとつでした。


参: 九州大学、九大生という「外」の世界をしっかりと意識する事で、自分と他者との関係や、その中での自分の立場、能力、役目を悟る感性を養う事。

 内輪ネタといわれるように、芸工大生は外の世界に対しての意識が薄い。ならば、九大という外の世界と強制的に対峙させることで、外の世界に対しての感性を磨くことが出来るのでは、と考えたのです。たとえわずかでも、そういう機会を作ることが必要だと思い、そういう機会として0研を設定していました。

- - - - - - - - - -

 私は、0研企画は芸工大の歴史の中でも上位に入る価値ある企画だと思っています。なぜなら、本当に「目的」を持った企画というのは、非常の珍しいといえるから。学園祭企画は確かに凄いものをつくりあげているけれど、「学園祭」という用意されたステージでやっているにすぎない(それでも、そこいらの安いイベントなど遥かに凌ぐ高水準のものだという誇りはある)。0研は、その活動内容の全てを、まさにゼロから切り開いていった企画。大学統合という大きな節目に生まれた、とても貴重な企画なのだと思っています。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-27 21:02 | Portfolio
せっかく日本語が打てるので、予定を変更してお送りします。
しばらくドイツ・レポートはお休みです。

これから数回にわたり、私が大学でやってきた企画を振り返ることにします。忙しい生活から解き放たれて、嫌でも考えざるを得なくなったおかげで、色々と落ち着いて説明できるようになりました。こんな機会もなかなかないでしょうから、この場を借りて公開いたします。写真やデータなどは、いま手元にあるものがほとんど無いので、割愛させてください。

ただし、今回取り上げる企画は、自分が主体となって企画したものに限定します。つまり、ネタ帳公開、というわけです。用意してもらったステージで活動したものは、それも貴重な体験は多かったのですが、今ここでは取り上げません。


※コメントを下さる方、ありがとうございます。ただし今回は、5つのテーゼ全てを書き終えた後に返事を書こうと思います。あらかじめ、ご了承下さい。

太田一彦
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-25 20:34
↑ 日本語です。

えぇ、日本語ですとも。
えぇえぇ、久々の日本語ですとも。

日本語の打てる Internet-Cafe がありました。
2ヶ月以上住んでて、その存在を知りませんでした。
それを通りがかりの玉野が発見して、彼から教えてもらうなんて…

えぇ、玉野です。
えぇえぇ、玉野ですとも。

そう、月曜日にやってきました。彼が。フライブルクに。
そして、さっき旅立って行きました。
旅路に戻りました。
次に会うのはいつになるやら…

なんちゃって日本風スープを作ってみたり、近くの山からフランスまで見える景色を堪能したり、(普段はあまり縁のない)ドイツ料理やドイツビールを味わったりと、なかなか楽しい日々でしたね。
そして当然のごとく、長々と語らってしまいました。
ま、良き相棒ですからね。

こんなところで会うのは、なんか不思議な気分ですよ、ほんと。
知り合いになんて会うはず無いと思っていたのですが…
世界は狭い。
いや、自分たちが特殊なだけかも。
でも嬉しいもんだね。
気を付けてな。まだ先は長いぜ。

- - - - - - - - -

せっかく日本語が打てる所が見つかったので、今後の予定や、今の英・独語能力では説明不可能な事などを、今度掲載します(まだしばし先になりますが)。2ヶ月落ち着いて考えることができたので、するべきことが段々わかってきました。ただ必死に、家出みたいに来てしまった計画無しのこの状況を修復しにかかります。時間と手間(&お金。ご両親様ご先祖様すみません)がかかりますが、たぶん今やらないと本来の目的が駄目になるので、せねばなりません。

ようやく自分の立場がはっきりしてきました。
あとは、それを示して、自分で切り開くのみ。




あー、やっぱり日本語が打てるってラクだ。
でも有料なので、時々しか使いません。きっと。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-24 01:31 | Report (Deutschland)
d0014524_1201570.jpg


Koredake desu ga...
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-18 01:21 | ひとりごと
d0014524_22504964.jpg



alltägliche Freiburg
gerade nach einem Regenfall.

daily Freiburg
after the rain.
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-15 22:53 | Report (Deutschland)
d0014524_23383232.jpg




Shimo ne ta.


...


Hai. Gomen´nasai.



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



Machi-naka no "Rakugaki" tte, Suki dewa arimasen.

Demo, Dareka wo Shiawase ni suru Rakugaki nara, yoshi.




Tatoeba...

d0014524_23443441.jpg






Kon´na...

d0014524_2346483.jpg





(^-^)
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-13 23:46 | ひとりごと
Fotos von Italien II

d0014524_2232439.jpg
eine Straße


im Tram-wagend0014524_2275387.jpg


d0014524_22102265.jpg
Parco


Central Stationd0014524_22135224.jpg


d0014524_22161297.jpg
eine Straße (Nacht)



Over.

- - - - - - - - - -

I felt that Italy is not so beautiful.
Almost colors of architecture are only white or gray.
It is like a colorless city, I felt.

But the trip was very interesting to me.

When I arrived there, she said me that:
"Many pickpockets(Suri in Jpn.) are here. You have to pay attention!"

I walked around Milano alone on the 2nd day.
I had to pay attention for all day.
As I have never done so here in Freiburg, it was a valuable experience.

- - - - - - - - - -

Moe-tin had become nice and reliable.
Totemo Suteki ni Natte imashita.
Tamano had become cool and tough.
Totemo Kakkoii to Omoimashita.

Through the talk with them, something chaged inside me after.
I don´t know what it is, but I feel so.
That trip was really a good experience.
Thank you.

So, I have to do more.
I have to know more.
I have to become more inteligent.
I have to become more powerful.


The way exists somewhere already.
So what I have to do is to find that and...

d0014524_22461120.jpg



to advance.
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-09 22:47 | Report (Ausland)
d0014524_2322477.jpgAfter 5 hours travel, I arrived at Milano Central Station.
It was long...

But it takes 19 hours from Fukuoka to Yokohama, so...

Not so long.




Then, we met!



d0014524_23461055.jpgAs both of two were fine, I was happy.

Ureshii Kagiri desuyo.



- - - - - - - - - - -

Fotos von Italien I
d0014524_23294842.jpg





d0014524_234235.jpgEine Straße und eine Tram in Mailand.


d0014524_23342328.jpgDer Dom (Duomo).


d0014524_23352750.jpgDie Galerie (Galeria).



- - - - -

Heute hat der neue Kurs angefangen.
Today the new class started.

Tanoshiku natte kimashita sa. (^-^)
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2005-06-08 23:37 | Report (Ausland)