カテゴリ:考えること( 23 )

 先日、国際結婚の夫婦の結婚式を撮影する機会をいただきました。アメリカ人の新郎さんと日本人の新婦さんで、主に親族を招いての式・披露宴でした。

 新郎の家族が数名アメリカから来ていたんですが、当然ながら日本語が分かるわけでもなく、また新婦の家族・親族も英語が話せるわけでもなく、最初のうちはやっぱり少し距離感があったような印象でした。でもだんだん時間が経つにつれ、それこそ異様なほどの盛り上がりをみせ、なんだろう、会場全体の一体感すら感じました。


 この日ここに居合わせて、すごく懐かしい感覚がありました。それは、言葉が通じないからこそ生まれる「伝えたい」と願う心のこと。

 親族の爺ちゃん婆ちゃんや、おじさんおばさん達が、新郎やそのアメリカから来てる家族に、英語は分かんないんだけど、それでも何か話しかけたくて、もどかしくて、ほんともどかしくて、英単語どころか東北弁なんだけど、身振り手振りで話してるうちに、なんだかお互いに分かりあっちゃう。
 新郎の弟妹も、最初は自分の席にいるばっかりだったのに、気付けば色んな所に呼ばれて混ざり込んで記念写真撮ってみんなでワイワイ楽しんでる。


 人間は言葉で情報を伝えあい、社会を作り生活しているんだけど、ふと言葉を口に出せば(少なくとも表面上は)相手に伝わるから、だんだんそれに慣れてしまって、本当に「伝えたい」と心底思う機会は減っていってる気がする。
 ところがこうして言葉の分からない相手と接するとき、何か話しかけたくても、なんて言っていいか分からなくて、とてももどかしくなる。このもどかしくなる時にこそ、「伝えたい」という自分の気持ちにはっきりと気付ける瞬間なんですよね。
 そしてこのもどかしい時間は、もちろん両方にとって(お互いを分かるための)苦労の時間になるんだけど、だからこそ何かが通じちゃった後の喜びは普段の比じゃない。

 純粋に何かを分かりあえたときの喜びというのは、ある意味すごく原始的な喜びなのかもしれない。でもその原始的な喜びは、やっぱり他では味わえない類いの喜びだと思う。音楽のセッションや、何かの制作会議なんかでもいい、何て伝えていいのか分かんなかったけど、お互い何かが分かっちゃった時って、すごく嬉しい。


 この前の結婚式の時にも、この原始的で純粋な喜びがあったから、あんなにも盛り上がっちゃったんだと思う。もうね、変な話、よくある日本人ばかりの披露宴なんかよりよっぽど盛り上がってたんじゃないだろうか。

 国際結婚って、大変な面も多いと思うけど、こういうのを見てると素敵に思えてきます。異文化交流って、なんだかんだでお互い気力がいるけど、ちょっと苦労して壁を越えると、その先には大きな喜びが待っている。


 いやぁほんと、この日ここの撮影に行けてよかった。偶然のスケジュール上の都合+英語が多少しゃべれるから調度いいね☆ってだけの理由だったんだけど、とても楽しかった。撮影はもちろん疲れたけど、やっぱり楽しいと疲れも半減するしね。

 どうぞ2人も家族のみなさまもお幸せに。


※長い文章をあんまり書いてなかったから、構成力が落ちてる気がする。え、元々だろって? いやいやそんな事言わないで…

P.S.
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by Sterun-schnuppe | 2010-06-07 21:01 | 考えること
 先日、大学時代の知人(現ある大学の先生)が文化経済学会のために仙台に来ていて、仙台に来たよーと声をかけてくれたので、夕食をご一緒していました。お互い芸工大関係者ゆえ、デザインだったりアートマネジメントの話題で盛り上がれたのが、ちょっとした潤いでした(笑)。他の教授たちへの愚痴なんかも飛び出してましたが、私は結構共感する内容だったので、「えーそんなことも通じないの?!」と素直に驚いてました。


 アートマネジメント。近頃はいろんな方面で使われるようになった言葉らしいのですが、誤解も多い。というか、きちんと定義が特定されてない気もします。私自身、色々誤解している点も多いかもしれません。

 アートマネジメントという言葉は、とくに文化施設運営や芸術文化イベントと絡んで使われる事の多い言葉です。やれ指定管理者制度だ、やれ市民参加のイベントだ、などなど。
 大きな誤解を招きかねないのは、本来アートマネジメントは、どこかの施設の運営を良くするだとか、あるイベントを成功させるだとか、そういう目的のものでは無い、ということ。アート/芸術文化を活かすことで、より良い生活/社会を作っていく事が、そもそもの趣旨のはず。だから方法論的なことだけを学んだり研究したりしていても、本来その中心となるべき所が欠けてしまう、という事態になるのです。
 へんな話、どこかの施設ひとつ、イベントのひとつ、失敗したっていい。むしろ「失敗する事がどうしても必要」なんて場面すらあるかもしれない。重要なのは、目指す方向を間違わない事。


 …こんな話をしていて、私は久し振りに大学を辞めた理由を思い出してました。(忘れかけていた事を深く反省…)

 そう、アートマネジメントやデザインには、目的がある。目指すべき方向がある。芸工大のパンフレットにも、芸術工学は真に人間にとってより良い世界を目指す学問であると書いてました。(正確な文章は忘れましたが)

 でも、じゃぁ、その「真に良い世界/生活」って何なの?

 この疑問への答えがどうしても分からず、授業受けてても分かるようになるとは到底思えず、でもそれが分かんなきゃ、いつまでたっても目標が見えない気がして、突破口も見えず、かなり深く悩んで、せめて大学から出て自分で探すしかない、なんて思ったんですよね。

 なつかしい。

 ドイツにいた期間は、そういう意味で本当に重要な期間になりました。心の底から感動するような場面にも何度も出会ったし、日本とは違う生活の中で、「生活」そのものを見直す機会にもなった。
 その後、日本に戻って来て、仙台に来て、駒は先に進んでいるのだろうか。まだまだ答えは見つからないし、見えたかと思ったものも、また闇の中に消えてしまった。まだまだ道半ばです。でも、数年後か、数十年後にでも、もうちょっと分かるようになればいいなと、願うしかないのですよね。


 ちょっと話がズレましたけど、アートマネジメントに関わる人や、それを学ぶ学生は増えつつあるようですが、その本質を追い求め続けることを、忘れないようにして欲しいと、切に願っています。
 見た目の良さや成功ではない、本当の意味での価値って何なのか、世界中のどこの学者だって答えきれないような世界へ進んでるんだと、自覚を持ち続けて欲しいです。(えぇ、ものすごく自戒の意味も込めて。)



 目先の仕事をこなすのも重要だけど、それに目がくらんでしまったら元も子も無いんだなと、改めて焦りを覚えます。今の仕事をあと何年続けるのか分からないけれど、その間にも、せめて一歩でも先へ進まないと。
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by Sterun-schnuppe | 2009-12-06 01:02 | 考えること
 きのう仙台で、ブライダル関係の写真業者を対象にしたセミナーが開かれていました。仕事してる事務所にも案内が来てて、会場が家から徒歩でも行ける場所だったこともあり、せっかくの機会なので参加していました。

 午前の部は聞いてないのですが、午後の部ではとある茨城県のブライダル業者の人がプレゼンテーションを行っていました。写真業界の強みって何なの?とか、中小企業がとるべき戦略は?のような経営的な話も興味深かったのですが、そこの会社の理念というか姿勢というか雰囲気というか、そういうものにとても共感を覚えました。
 変な話、自分が撮ってもらうならここに頼みたい、なんて思ってしまうくらい。

 そこのカメラマンさんが撮影デモも行っていて、会場にいた一般に人を被写体に簡易スタジオ撮影→アルバム編集までの簡単な説明がありました。
 被写体の女性は、当然セミナー参加者なので特別な服を着ているわけでもなく、飛び抜けて美人というわけでもなかったのですが、撮った写真を見て、不覚にも「かわえぇ…」と思ってしまった…
 撮り方についての解説は、一般のカメラマンには常識的なことだったのかもしれませんけど、私の知らない内容もあり、気になって今日は手っ取り早く事務所のゼクシィの写真を見返したりしてました。
 どちらかというと「しっとり」と撮ることが(事務所の方向としても)多いのですが、自分の中で「女性のかわいらしさを引き出す」がしばらくの間のテーマになりそうです。(それくらい「かわえぇ…」と思ったし、そう撮りうることが(そしてそれを目の前でやってくれちゃったことが)衝撃的だったのです。)




 昨日のセミナーを聴いて、今まで以上に考えるようになったことがひとつ。コンセプトは重要だ、ということ。世界観、と代表者の人は言ってました。

 事務所のウェブサイトを作っていて常々思ったことは、「一体これで何を伝えようとしてるのか」が分からない、ということ。商品説明とかそんなのはまぁいい。しかしこれを見た人に、どんな気持ちになって欲しいのか、どういう人に見て欲しいのか、そしてその人達とどういう関係を作っていきたいのか、あるいは、一体何が自分たちが本当に売りとしたいことなのか。そういう部分のコンセプトというか核となる理念が、今は見えていないな、ということでした。

 懺悔に近いですけど、自分が写真を撮っている時にも、一体何を撮っているのか(自分がどう写真を扱っているのか)ということについて、明確な意識を持てていません。
 私は割と事務所にも入り浸ってる方ですけど、スタッフの間でそういう意識が共有できているともなかなか感じられません。



 私はブライダル写真を一生の仕事とはまだ思えていない(一生続けてもいいけどそれだけに専念はできないと思っている)のですが、今これをやる価値は十分にあるし学ぶことは多いと思っているし、それにやっぱりここのスタッフが好きなので、フリーのままか専属になるか分かりませんけど、今の事務所にもまだしばらく居続けようと考えています。

 ではその時に、一体自分の役回りって何なんだろうって考えます。自分がそこで出来ることは何なのか、すべきことは何なのか、そして何より、どうしていこうと思うのか。

 写真の技術を磨くことはできる。写真じゃなくてコンピュータ周りなら、むしろ自分がサポートできる場面は多々ある。(実際だんだんカスタマーサポートセンター化しつつある(笑))

 でも本当に重要なのは、目指す未来を思い描くこと。夢というとキザっぽいのかもしれないけれど、意思を持つことなのだと思うのです。

 言われた仕事をする、頼まれた写真を撮る、だけではなく、逆に提案していくことが、小さな職場ですし、重要なんじゃないかと最近思うのです。そして提案するに値する夢を描ける能力が、いま自分には欠けているのかな、なんて思います。


 いま何が欠けているのか。そしてその先にある目指すべき夢はなんなのか…


 その夢を明らかにしていくことが、そしてそこへ近付くための方法を考えることが、今ここでの自分の役回りになるのかな、なんて思います。もちろん自分勝手な「夢」の話ではなくて、スタッフがそういう夢を見られて、そして共有していける風潮を作っていく、という話です。
 事務所に加わって一年足らずの輩があーだこーだ言うのは考えものなのかもしれないけれど、幸いそういうこと言いやすい環境だから、気付いちゃった人間としてそういう責任があるのかな、なんて思います。
 
 ほらだって、もっとこうしよう・ああしようとスタッフ間で言い合えるような、そういう雰囲気を築いていくことが、結果的に写真技術の向上にもなるし、そうやって和気あいあいとやってる雰囲気の人に撮られる方が、被写体となる新郎新婦だって嬉しい気分になれるだろうし。



 「あの時写真撮ってもらってて良かったね」と言ってもらえることが、いや、数十年後に写真を見返していい気分になってくれることが、それが今思いつく一番嬉しい事であり目標かもしれません。



 今日は長くなりました。
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by Sterun-schnuppe | 2009-02-21 00:24 | 考えること
 ふと小学生の頃の疑問を思い出しました。

 もうすぐクリスマス。クリスマスと言えば、「サンタクロースは実在しない」って言葉を口にしようものなら「夢が無いヤツ!」と罵倒されることで有名な季節です。いや、勿論それだけではないですけど(笑)

 サンタクロースなる人物が実在するかどうかはさておき(職業としてやってる人は北欧あたりにいる)、毎年自分の枕元にプレゼントを置いていってたのが自分の親だと悟ったのは小学生の頃でした(4年生くらいだったかな)。
 欲しいものリクエストを紙に書いておくと25日の朝に届いてる、という事になっていたので、ある年わざわざ「窓の外から」よく見える所に紙を貼っておいたものの残念ながらプレゼントは届かず、親の勧めで今度は部屋の中に(内側向きに)貼っておいたら翌朝届いて、「サンタさんって、家の中にいるの??」と思い始めたのがきっかけでした。
(事実が分かってからは、親に対して感謝してよいやら、知ってはいけない事を知ってしまったような罪悪感やら、なんやらかんやら複雑な心境になりましたけど。)


 いやー、懐かしいなぁ (^-^)

 それ以来「サンタクロースは実は親だ」という話に対しては納得するようになったのですが、逆に、そう言ってる人を「夢が無い」と否定する人に対して疑問を持つようになりました。

 どういう事か。当時の思考をたどってみると、(当時は知らなかった言葉遣い等は色々ありますが、辿った考え方を再現すると)


 「サンタクロース」という人はいない(少なくとも自分の元には来てないらしい)けれど、そんな嘘を付いてまで子供(自分)のためにプレゼントを(しかも匿名で)用意してくれた人物(親)は確かにいる。しかもすぐそばに。

 さらに、どうやらそんな「匿名サンタクロース」は、自分の所だけじゃなくて友達の家にもいるらしい。

 つまり、世界中には無数の「親」という「匿名サンタクロース」がいるらしい。

 てことは、サンタクロースに等しき存在が、世界中にいっぱいいっぱい、みんなのすぐそばにいるってことだ。

 そんなの、まさに夢みたいな話だ!こんな素敵なことはない!(学校の帰り道、眼下に広がった家々を眺めながら、赤白の服を着た無数のサンタクロースがそれぞれの家の上を舞ってるところを想像中…)



 …というものでした。はぁ、ほんと懐かしいなぁ(笑)

 そういういきさつで、「サンタクロースがいない」ということごときを「夢が無い」って言ってる人の方が、よっぽど夢が無い、って思うようになりました。


「事実が分かったくらいで消えちゃうような夢なんて、嘘付かなきゃ存在できない夢なんて、本当の夢じゃない!」



 …不思議なもので、あれから十数年たった今でも、やっぱりそう思うんですよね。私は割と冷静に物事を見る事が多いので、「夢が無いなぁ」と言われることも珍しくないんですけど、やっぱり「そんな簡単に破綻する程度の夢なんて、そんなの夢じゃない。ただの欺瞞だよ。」って思いながら「はいはい」と聞いていたりします。


 どれほど追求しようが、誰に何を言われようが、決して色褪せる事の無い、壮大な、本当の夢を見続けながら生きていけたら、そんな幸せな事はないだろうな、と私は思うのです。
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by Sterun-schnuppe | 2008-12-21 22:08 | 考えること
 関係ない前置き。興味ない人はすっ飛ばして本文へどうぞ。

 すんげー久々にThinkPad(WinXP)から更新中。一部のキー配列や、何より画面の文字に強烈な違和感が… やっぱゴツゴツしてんなぁと思うのだけど、でも世の中の大半の人はメールもサイトも(というか基本的に全部)この文字で見てんですよね。私はやっぱりヒラギノの方が見てて気持ちいいや、と思います(変な癖もあるけど)。店頭で見る限りはVistaのメイリオもいまいち好きになれない… Not bad. Much better. But not very nice...くらい。

 ThinkPadのトラックポイント(GHBの間にある赤い点を指先でグリグリするやつ)は、やっぱラップトップ用としては◎ですね。普通のWin機のパッド型(特に小さいやつ)は使うたびにイライラしてしまってた。(でもMacBookのパッドとは何故か相性がいい。2本指もめちゃくちゃ使ってる。)

 あとGoogle Chrome。アンチ・ウィルスのソフトに阻まれなければ確かに速く感じます。キャッシュをやたらめったら活用しているのかな?と使ってみて思いました。メニューバーが消えた分スペースが広がって、これはこれでいいかも!という印象。



 さて本題。

 今週末は撮影が無いのでのんびりとビデオ編集をしていたら、常々疑問に思っていたことがどんどん気になりだしてしまいました。そしてこんな時間になってました。
 もともと結婚式っていうもの自体、見れば見るほど突っ込みどころ(不可解なこと)は満載なのですが、全部挙げようとするときりがないので、まずはどうも気になってしまう言葉をひとつ取り上げてみたいと思います。



 よく新郎さんはこんな言葉をかけられています。

 「○○さん(新婦)を幸せにしてあげてください。」

 一方の新婦さんにはこんな言葉がかけられています。

 「幸せになってください。」


 別に男女差別だとか何とか言うつもりは全く、全く無いのですが、なぜ夫は幸せに「する側」で妻は「(夫によって幸せに)なる側」という一方通行の関係なんでしょう。

 元々は「新婦が新郎側の家へ嫁ぐ」という関係から生じた言い回しなのだと思います。新郎家で引き取る以上は、そっちで責任持ってねー!という具合に。実際のところ披露宴で両親への感謝の手紙を読み上げるのも新婦ばっかりで、新郎が読み上げてるのはまだ聞いたことないので、その名残は結構根強いのでしょう。もはやそうではない(どちらの親とも同居しない)パターンは多いのですが。
 でも司会や両家親の言葉を聞いていると、これから「2人の」新生活が始まるという前提で話が進んでいるのだから、その2人の間に主従関係を置くことには違和感を覚えるのです。「あれ?対等な関係じゃないの?」と。しかし平然とこう言っている人達は、当然ながら全く違和感ない…んですよね?


 でも結局のところ(事務所でこんな疑問を口にするとよく言われるんですが)「誰もそんなこと深く考えてないよー。」ってことなのでしょうか。うーむ、気に…ならないのか…



 ここからは、ちょっと変わって疑問とは別の話。

 ファーストバイトって言って、ケーキにナイフを入れた後に新郎新婦が食べさせあうイベントがあります。(常識?) 意味は毎回色んなことが言われてるので、あるようで無いのかも。ただ、新郎→新婦の意味として「一生食べ物に困らせない」っていうのがあるんですけど、なんだか生々しくて良い。(新婦→新郎の場合は「一生あなたを愛し続けます」とか「おいしいお料理を作り続けます」などヴァリエーションが多い)

 なぜこの話が出てきたかというと、ここら辺で出てくる言葉って、直接的だったり間接的だったりしますけど、「夫が妻を引っ張っていき妻は夫に付いていく」っていう構図を言葉の節々に感じることがあるのです。
 「俺について来い」っていう旦那がどれほどいるのかは知らないですけど、そして他人様がそう考えてる事は全然構わないことなのですけど、自分が誰かと一緒になる場合にはこの図式は無理だなーって思ってしまいます。
 相方が「一生付いてく」と言ってくれたら、そりゃ心底嬉しいでしょうけど、でも同時にすごく心配になってしまいます。ていうか、なりません?
 老後まで一生安泰な生活にはなりそうにないから、一人で自立できてるような相手だったらいいでしょうけど、それこそ「あなたに付いていく」みたいな人だと相手まで振り回して負担を大きくかけてしまいそうで、潰れてしまわないかと心配するだろうし、そもそも生活が安定してても自分が突如倒れたり死亡することはいつでも在り得るのだから、その時相手まで共倒れするのはできれば避けたい。被害は自分だけで留めたい。

 だから「俺に付いて来い」とは恐ろしくてとても言えませんよね。「付いてこないほうがいいかもよ?ちょっと間をとってたほうがいいかもよ?」と言ってしまいそう。
 「付いて来」ないで、常に脇から眺めてる、くらいが嫁さんのベストポジションなんじゃないかなって思います。で、トラブルがあったときには、サポートしたり、必要とあらば緊急避難できる心の準備もしておく、と。子供がいたら、なおさらね。

 よく結婚の際には「永遠の愛」なんていって誓うわけですけど、ほんとはもっと臨機応変でいいんじゃないかな、て思います(ものすごく誤解されやすい言い方をしてると思いますが…)。相手を思えば思うほどに。


 まっ、こんなこと言ってても結婚の予定はないんですけどね(笑)
 話が妙な方向に広がってしまいましたので、このへんで。
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by Sterun-schnuppe | 2008-11-29 04:17 | 考えること
 文章化したいことがあったので、ちょっと書いてみます。

CASE 1 : 私の知らない人生

 私は私立の中高を経て大学へ進んでいたので、当然ながら今までの知り合いは「高学歴」寄りの人間が多いのです。それでも大学時代の友人はなかなかバリエーションに富んではいますが。

 私がいま働いているバイト先は、派遣のアルバイトという特性上、いわゆるフリーターも多数働いています。(というより、自分自身がいまソレだってのね) 中には10代の人も幾人かいます。高卒で働きに来た人もいたり、中には高校中退って人もいます。中学出たくらいから土木関係で仕事してた、なんて人もいます。仙台ゆえ、というより東北という土地ゆえでしょうか、例えば高卒(大学に行かない、という意味)の割合も東京より多い気がします。
 
 彼らと話す時に、正直ずいぶん戸惑いがあります。もともと私の価値観は特殊なようですが、それでも今まで話して来た人達とのギャップ以上の差を感じます。私にとって常識的な知識であっても、それが通じない、という場面によく出くわします。(きっとその逆も起きているはず) 趣味趣向も違うようだし、「共通の話題」を探すのには結構苦労します。

 そうこうして話をしたり同じ空間内にいるとき、何だか不思議な気分になります。その場に居合わせたものとして、空間も言語も一応共有してるけれど、きっと全然違う世界のイメージの中で生きているんだろうな、と。同じものを見ているのに、全然違うものとして認識しているだろうし、同じ単語を言っているのに、全然違うものを想像しているように感じます。

 そういう諸々の事情で、まだ友人らしい友人もいなければ大学時代のような居心地の良さもないけれど、でも非常に興味深くもあります。彼らは彼らで、私とは全く違う世界に生きていて、全く違う経験や認識を持っている。ということは、いままでの自分では知り得るはずのないものを彼らが知っているわけで、私の知らない世界を垣間見せてくれる存在でもあるのです。

 重要なキーワードってのは、それまで知られなかったもの、避けられてきたもの、ともすれば社会から侮蔑されそうなものの中にも隠れていたりするので、自分の心が許容する範囲で、そういうものにも少しずつ理解の幅を広げていきたいものです。



CASE 2 : 「生活圏」についての考察

 先日、古川から仙台の現場に通う人に会いました。古川と仙台とは電車で一時間(新幹線ならわずか13分だけど)運賃にして約750円ほどの距離。それがどうしたかと言うと、ちょうど私が以前、バイトで東京まで日々出勤していたのと同じような状況なのです。

 私が東京で入ってた派遣会社も今いる所も、事務所から現場までの交通費を支給、という方式を取っています。すなわち遠くから通う人は、日々かさむ交通費の大半を自分で払わねばなりません。バイトは時給制なので、短い勤務時間だと「それ収入にならないから(泣)」なんてことにもなります。また、仕事を終えた疲れた身体で最終電車に揺られて帰る事も少なくありません。東京では、最終電車は必ず満員でしたし。

 そういう苦労を知っているので、大変だなぁと思いながら話を聞いていました。そしてひとつ気付いた事もありました。 


 私が少しでも早く関東を離れようと思い詰めちゃった原因のひとつは、東京を中心とした生活圏のありかたへの違和感でした。日々1、2時間もかけて通勤するような生活は、自分自身どうしても続けられなかったし、自分よりさらに長い時間をかけて通勤する周りの人達/乗客の疲れきった顔を見るのも苦痛でした。
 自分がいるべきところは、もっと小さな生活圏の場所だと、そう考えていました。巨大な都市圏へのアンチテーゼを見つけたい思いもありました。

 仙台という町は、東北一の町とはいえ、決して大きすぎる事のない町です。列車に乗れば山も海もすぐそこです。満員電車が走るのも、せいぜい30分くらいの範囲内。それだって、せいぜい6両編成くらいの短いものです。東京みたいに3分間隔の15両編成が満員なんて状況とは、雲泥の差。それくらい、仙台は東京圏に比べて圧倒的に小さな町です。
 私自身も今、件の事務所までは自転車なら20分程で行けるので、その小ささを実感していました。「やっぱり、これくらいの規模がいいよ。」なんて思っていました。

 けれどそれは私の早とちりであって、確かに絶対的な規模は小さいとはいえ、現実に1時間以上かけて仙台まで通勤している人がいる。私が今思う仙台地域での「遠くの」場所から通う人達は、思い返せばたくさんいたのです。たまたま自分が仙台中心部に引っ越してきて、そこを基準に生活圏を捉えているから、仙台は小さくまとまっていると思い込んでいるに過ぎないのです。

 そもそも横浜にいる私の親・家族は、自宅から職場まで15分ほどの範囲で生活しています。東京にだって、自宅と職場とが同じ人、すなわち本当に小さな生活圏で暮らしている人もいっぱいいるはずです。

 結局のところ、人間の生活圏なんて、町の大小で決まるものではないんだと、そんな単純な事に気付けてませんでした。というより「生活圏」という言葉を何か勘違いしていたような気がします。大都会だろうと、ど田舎だろうと、生活圏は個人個人の周りに存在するに過ぎなくて、ゆえに生活は各々が自分で創っていくものに過ぎない。

 自分が書こうとしているものが文章から見えにくくなりつつある気もするので修正すると、私が世界/現実だと思っているのは、あくまで私だけの世界/現実に過ぎない。分かっていたはずなのに、それを一般の現実と履き違えていた。その事を、一連の通勤時間の話で思い出す事ができたように思う。


 言葉はおそろしい。言葉があるおかげで物事を考えられるのに、言葉のせいで思考を誤ることもある。
 他人から聞いただけではなく、言葉を自分のものにできるよう、嘘偽りのない自分自身の言葉を紡ぎ出せるよう、もっとたくさんのことを学ばなくては。
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by Sterun-schnuppe | 2008-06-07 23:58 | 考えること
 最後に全体的な感想をまとめて、芸工祭レポートを終えようと思います。え?もういいって? まぁそう言わず… これだけちゃんと最初から最後まで見られるの、今回限りかもしれないから。

 簡潔に言ってしまうと、「結構おもしろい」と思いました。自分が見た範囲の大型企画も、粗を探せばいくらでもあるけど、それでも結構楽しめました。格闘技研究会の「青空プロレス」でも笑わせられたし、自前のイベントをやってるテント企画なんかもあって、ちゃぶ台返しを生で見られるなんて素敵(笑)な体験もありました。あとライヴ演奏を聞きながらドラム缶風呂に入れるなんて、井尻寮企画ならではですよね。食べ物屋だって、割としっかりとした味で食べられるし、健闘してると思います。

 一般受け、という意味では、例えば噴水教は初めて大学の敷地に入ってきた人にはハードル高い気もしますが、Châteauの美術や空間設計は結構一般受けするものだったと思う。井尻寮風呂も一般向けではないが、ライヴはそれこそ誰でも聴ける。
 全体を眺めた感じでは、ほどよく内輪の濃ゆさも楽しめて、ほどよく外の客も楽しめる内容だったんじゃないかというのが、私の感じた印象です。


 逆に足りないと感じたのは、事前・当日・事後の広報活動。内容が悪くないのに告知・案内不十分で魅力が伝わらない/理解を得られないのはもったいない。

 はじめて芸工祭サイトを見た時は正直唖然としました。きっと青画面のはプロトタイプだったんでしょうけど、現行版に変わってからもなお、いまいち必要な情報が見えてこないし、見せたい情報もわからない。ウェブサイトを見て「来よう」と思う人が必要とするであろう情報が、ことごとく見にくい状態だったと思います。
 それから町中に貼ってあった(人を呼び込むはずの)ポスターも、GEIKOU FESなるものが存在するらしいが一体それは何だ?という内容。大学の学園祭であることすら掴みにくい、というのが正直な感想でした。大橋の人間なら学園祭であることまでは分かるかもしれないが、それでも内容は不十分。

 当日、というのは、例えば多次元ホールや噴水まわりの大型企画は芸工祭の見せ場なんだから、それの案内看板が(最低限でも正門あたりには)あってもいいんじゃないか、という点。パンフを読まなきゃ分からない、というのでは、情報は客には届きにくいと思います。
 事後。せっかくウェブサイトがあるんだから、そこに今年の報告でも載せれば来年への興味も引けるのではないでしょうか。大仕事終わって、更に記録をまとめるのは面倒くさいのも分かるんですが、やった方が先に続きます。出資してくれて当日見られなかった人へのお礼の意味もありますし。


 内輪で楽しめればいい、というのはOKなんですが、それなら全部自腹切ってやりましょう。様々な人からカンパや広告料をもらっている以上、責任を持ってそれらの人の利益(金銭には限らないけど)にもつながるよう芸工祭の全体の部分を作っていく必要があるはずです。


 相変わらずここの連中はマネジメントがヘタクソですよねー(笑)

 まぁ自分自身の在学中だって目指すところまで届かなかったわけですから、あまり言う資格もないかもしれませんが、やっぱり「高次のデザイン」の大学ですから、みんなデザイナーを目指しているわけですから、これを抜きにはできませんよ。


 でも何にせよ、今回こうやって色々見られてよかったです。ほんと。

 こんなもんでしょうかね、感想文。
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by Sterun-schnuppe | 2007-12-06 00:21 | 考えること
 
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 福岡市南区の九大・大橋キャンパスには、旧芸工大時代から30年以上に渡り続けられてきた「火祭り」というものがあります。主として巨大な火を囲んで数百の人間が踊る行事のことで、現在は学園祭の最終夜に行われるのが通例。
 2003-2004年には私自身も代表を務めた火祭りですが、様々な変遷を遂げてきた上、またそのコンセプトについては十人十色、百人百様の解釈があるので、歴史も含めここでは詳しくは触れません。

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 今回は大学を去って以来3年振り、初めて一歩おいた立場から見る火祭りであり、また同時にOBとして現役メンバーをサポートしつつ見守る立場での参加でした。枕木を積み上げた火櫓(ひやぐら)を見上げると、やはり自分が必死になってやっていた当時の記憶も、走馬灯のように蘇ってきます。
 ちなみにOBの仕事は、応援部隊として爆竹等の演出、火の管理、火祭り中の会場警備などが主です。学園祭の舞台美術で使われた木材を火櫓に収め、火を放つ準備をしていくのも重要な仕事。


 現在の火祭りの様子を簡単に紹介すると、初夏の博多どんたくパレードでのパフォーマンスも含め、学園祭「芸工祭」の主要企画と活動の基盤を共にしています。芸工祭そのものも、火祭りによって始まり、また火祭りによって幕を閉じます。

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d0014524_2215992.jpg 開会式では、火祭り隊によってキャンパス内に火がもたらされ、また彼らの踊り/儀式が開会の合図でもあります。最終日は、夕暮れを迎えたキャンパス内に火祭り隊が現れ儀式(最初の写真)を行い、松明(たいまつ)を手にグラウンドへと向かい、中央の巨大な火櫓に火を放つ。学園祭のスタッフ、その他の学生、一般市民が火を囲み、ただ太鼓の音と人間の吠える声を響かせ、2時間に渡る「火祭り」が繰り広げられ、芸工祭はその幕を閉じます。


 ここで、今回の火祭りを通して私が感じたことを書き記すことにします。まず、やはり火の力は巨大であるということ。眼前に巨大な火柱が上がるインパクトは、日常をはるかに超えたものであると思います。そしてその火はただの光ではなく、強い熱を帯びた存在でもある。こういう表現で正しいのかはわかりませんが、生命の根源のような力を秘めているからこそ、それを前にして人間は、畏れ、興奮、あるいは感動の念を抱き、古き時代から現代に至るまで、神聖なる存在として火を扱ってきたんだと思います。悪いけど、LEDやホログラムで代用できるようなものではありません。本物の火の価値を再確認できたのが、今回の一番の収穫でもあります。
 そして、今回OBという立場で輪の中に入り、まさにその火櫓の火を管理していたわけですが、周りを取り囲む人間の輪の力を強く感じてもいました。大勢の人間のエネルギーがひとつになり強烈に響き渡る世界は、感動的ですらあります。あの頃、自分が感じ目指していたものは、やはり間違いなかったんだと実感していました。

 同時に、疑問に思わざるを得ない点もありました。火祭りに参加する(少なくとも中心的な参加者である)芸工祭スタッフ達は、火祭りを一体どんな存在だと認識しているのだろうか、という点。それは同時に、火祭りの存在意義を問うことでもあります。
 自分がいた頃は客観的には見らなかったことを踏まえても、今回見た火祭りでは、その輪がかなり早い段階で崩れ(そもそも火祭り隊以外が加わった段階から奇麗な円にはなれず)、学園祭の自分たちの企画内、あるいは知り合い同士程度の小さな輪が点在していました。あっという間に輪から離れ、単に知り合い同士で群がってしまう人も数多く見受けられました。一部の人間は、最後には小さな輪に結集して踊り通していたものの、本気で(少なくとも意志を持って)火祭りに参加している人間は、圧倒的に減ったのではないかと思うのです。
 もちろんこれは私自身の火祭りの定義から判断したものでしかなくて、もし彼らにとっての火祭りが、ただの打ち上げ程度のものであるなら、この程度の意識でもまったく当然のこととも言えます。むしろ真剣に取り組むなんてバカじゃない?とすら言えるわけですから。

 しかしここで、考え直して欲しいことがあります。もし単なる仲間内の打ち上げとして火祭りをやるとしたら、それは愚かなことだと私は思います。どうせ小さな仲間内で(しかもわずかな時間)しか盛り上がらないなら、わざわざあの場に集まる時間は無駄ではないのか? もしあれが脱力の打ち上げであるなら、それを必死にやっている火祭り隊は、ただのピエロなのか? そもそも単なる打ち上げに、あの巨大で危険な火は必要だろうか? 知らない人も多いと思いますが、火祭りをやる為に消防署にまで届け出をしてるんです。学務課への負担や近隣住民への迷惑度も、決して小さくはないはずです。火祭りに必要な投資や苦労と実際の効果を比較してみれば、打ち上げとして火祭りに臨むのは、果てしなく愚かなことだと私は思います。
 もし実際そこにいる参加者達、その中心である芸工祭スタッフ達が欲するのがただの打ち上げなら、それは全く構わないけれど、それなら火祭りなんてさっさとやめた方がいい。もっといい打ち上げのやり方が絶対にあるはずです。

 けれど私は、自分たちが何をしているのかをきちんと認識し直して、その上で、やはり火祭りを続けていって欲しいと願っています。あるいは、火祭りを超えるものを生み出していって欲しいと。
 なぜ数ある企画の中で火祭りだけ30年も続いてきたのか。火祭りが秘めている価値は一体何なのか。そのことを問い直して、その上で、続けるのかを考えて欲しいと思います。

 火祭りは、お膳立てされて招待されるパーティーのような代物ではありません。その輪に加わる人間は、すべて「主体」なのです。

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 伝統を重んじることは、コピーすることではない。むしろ火祭りに伝えていくべき極意は、コピーせぬこと。あらゆる角度から考え直すこと。自力で考え抜くこと。

 願わくば、30年の「伝統」が、悪しき足かせにならぬことを。
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by Sterun-schnuppe | 2007-12-03 00:14 | 考えること
 近頃バイトしてます。アルバイトというと、どうしてもArbeitっていう文字が頭をよぎって、あれ何で俺いま日本語の中でドイツ語しゃべってんだ?という気持ちになります…

 それはさておき、そのバイトというのが、色々なイベント会場(時には建築現場もですが)の設営・撤去の類なんです。ちょうど昨日はパシフィコ横浜に行って、トラスやパネルも組んでました。これから色々なイベント事にも関わるだろうし、作曲屋になるにしたって、こういう現場の運営や施工も出来るくらいの能力の幅は欲しいと思っているので、お金を貯めるついでにこの仕事を始めました。

 さて、そうして本当(プロ)の現場にやってくると、随分今までとは勝手の違う場面が出てくるのです。今までというのは、自分達で企画して、材料・部材を調達して、設計・施工・運営まで全部を主体的にやる現場のこと。ところが、会場設営を仕事にしている人達というのは、ずいぶん立場の違う人間なのです。

 会場作りの流れをたどると、まず母体の運営団体が企画し、部材をレンタル業者に発注。レンタル業者は部材を運送業者に運んでもらい、現場へ届ける。現場ではレンタル業者が指揮をとりながら会場に部材を組み上げていき、運営団体からOKが出れば終了。

 これのどこが違うのかというと、発注元と施工する人間で共有する意識の違いである。

 自前で企画・施工・運営する場合、スタッフが長い時間を共にしながら企画の意義を共有し、少なくとも「やるぞー」という意識は共有し、みんなで力を合わせて会場を作っていく。だから会場作りをしている間も事務所にいる運営スタッフの顔が浮かんだり、仲間同士が共通の目標を持って仕事に臨んでいる。

 ところが業者の施工の場合、運送会社やレンタル会社(つまり会場を作る人間)にとって重要な情報は、部材の品目と数、配置図(設計図)、あとは料金である。そのイベントそれ自体が何のイベントかはほとんど重要ではなく、ましてや現場では当日はじめて来るバイト連中(つまり僕ら)が働いているわけで、バイト連中にとっては何のためのどんなイベントかも知らないまま会場だけ作っていく事になる。


 きっとこの世界では別に珍しくもない事なんだろうけれど、ちょっと驚いたことがありました。会場設営をしている現場の休憩時間、吸ったタバコ(時には空き缶)をその場に捨てたまま行ってしまう人が結構いるんですよね。今まさに会場を作ってる人間が、その会場をゴミで汚すことにためらいがない… これは私にとっては受け入れがたい感覚でした…
 想像に過ぎないんですが、「うちらの担当は○○の区画(さらにその中の部材設置のみ…とか)で、それ以外は関係ないよ。」 ということなのかな~なんて理解しています。

 たしかに現場の分業ワザたるや見事なもので、あれよあれよと色々なものが出来上がっていきます。パシフィコ横浜なんて、朝はだだっ広い巨大な空間しかなかったのに、中を大型トラックやらクレーン車やらが走り回り、気付いたらあちこちでトラスが立ち上がり、ベニヤやらパネルやらが次々張られ、夕方にはもう見慣れたメッセ(エキスポ?)の会場らしくなってました。
 けれど分業が過ぎている部分もあるんじゃないかな、なんて思います。イベントって意義や目的があって催されるものなのに、そこに何にも関心のない人間が作って良いものだろうか、と。料金さえ払ってくれれば、何のイベントでも会場作りますよってなるとしたら、それはイベントに関わるプロとしては、どうなんだろう、と。

 このバイトも色々な場所に行けて楽しい部分もあるし、お金も入るんですが、自分に返ってくる満足感を考えた場合、たとえ賃金なしでも、みんなで一生懸命手作りでやってる現場に関わってる方が幸せを感じます。ただお金のために何かを作っているのって、何だか虚構のような気がしてしまいます。それこそ、リアリティが無いというか。

 けれどお金がないと社会的な生活を送るのは今の日本社会では厳しいわけで、だからこうして「仕事」というものが成立しているんだろうとも思うのです。しかしそこは妥協する点なのか、あるいは生きるための新しい方法を模索していくべき点なのか…


 ダメですねー。こんな事ばっか言ってるから、いつまでも悩み迷いがあるんでしょうね。でも嘘をついて生きていくと死ぬ時に不愉快な気持ちになりそうなので、私の場合は仕方ないんでしょうか。
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by Sterun-schnuppe | 2007-10-23 20:00 | 考えること
 前回の記事「Apoptosis」について、やはり文章を追加する必要がありそうです。こういう内容を正確に伝えるというのは、難しい。単純に自分自身の知識も付いていってないという問題もあります。

 まず、「現在の進化生物学では、種の存続のために個体が生きているという考え方は否定されています。」ということを専門筋から教えて頂いたので、ご理解ください。

 私の「ある一部の死によって種の生存がある」という考えのもとになっているのは、分かりやすい例をあげれば「魚」なんですね。数百の卵を産んで、育つのは数匹。残り数百の卵や稚魚が他の生物に喰われたおかげで、その数匹が残った、ということ。もちろん「わざわざ食べられにいった」わけではないので、種を支えるために死んだという言い方は成り立ちません。
 ただ、もともと食べられてしまうのを分かっていて多くの卵を産んでいた、あるいは「子孫を一部失ってもなお残る遺伝子が、最終的に勝ち抜いてきている」と言えばいいのでしょうか。

 自然淘汰という考え方は、なんとも不思議だけれど、とても興味深い考え方だと思います。色々な遺伝子パターンが生まれ、環境によって偶然一部が残り、また色々なパターンが生まれ、はるか数十億年前から現在へ、そして未来へと続いていく… その本当に「偶然」と思える状況の中で、多様な世界が広がっている。


 今年1月に日本(広島)の道端で、とある宣教師の人に会いました。「神様についてどうお考えですか?」と聞かれたので、「私にはよく分からないので逆に聞かせてください。あなた方にとって神様とはなんですか?」と聞くと、こんなことを言っていました。

「もし神がいないとすると、人間はいったいどこから来てどこに行くのか分からないではありませんか。そして世の中のすべてが偶然のことになってしまう。それは不安なことではありませんか? 神を信じることで、神様がいてくださることで、私は私である確信が持てるんです。」

 私はこう思うのです。人間は、生物はどこからも来てないし、どこにも行かない。今ここにいる。それだけ。世界は偶然のつながりだ。でも偶然でいいじゃないか。偶然の中で美しいものや楽しい出来事や悲しい出来事もある。それで十分素晴らしい事じゃないか。神がいてもいなくても、それに関わりなく自分は自分である確信がある。自分の感じる世界には、もう十分なリアリティーがある。先祖も自分も子孫も、みんな自分なりの精一杯を探して、その精一杯をやってる。それだけのこと。それで十分じゃないか、と。

 前回の記事の中で、わざとらしい書き方をしているものがあったと思います。「数十億年前に分裂・増殖して「生きていく」というプログラムを組み込んだ「生命」という物体ができてしまったから、今でも相変わらず必死で生きている。」という考え方です。ここには先の宣教師との話が隠れていました。
 別にどこかへ向かっているわけではなく、生命の目的なんてなく、次々生まれる固体がみんな必死でやってるだけなんだ、と。それから、冒頭の専門家さんも言ってましたけど、感情や文化や学問なども自然淘汰の副産物でしかないけれど、でもやっぱりそれで十分素晴らしいと思う。

 私は、最後まで人間として精一杯やっていこうと思います。死んだ後に救済なんかしてくれなくて構いません。超人になるつもりもありません。自分にできる精一杯で考えて、自分に出来る精一杯で行動して、それで最後を迎えたら、それで十分じゃありませんか。

 …おや? ちょっと話がそれましたか(笑)


 文章の流れで紛らわしいものもありました。「死に正当な価値を与える」と「残された人の悲しみを和らげる」という文ですが、あの文章で読むと、「あの人は死ぬ必要があったんだ、と思うことで納得し、悲しみが和らぐ」と読めかねませんが、まったく逆のことを意図しています。

 最初の魚の例もありますが、生きている人は、ある意味で死んだ人のおかげで生きているわけです。誰かの「死」が、生きている人にとって重要なものであるということ。つまり、「あの人は何故死んだのか それは残った自分達にとってどういう意味を持つものなのか」を考えるに値する「価値」のあるものである、ということ。そう捉えることで、見知らぬ人の死も、あるいは家畜の死にすらも、深い意識を向けていくことができるのではないか、と考えているのです。
 そしてまた、その「死」の価値を見つめ、誰かの死をただ感情のままに悲しむのではなく、未来へと向けて捉え直すことで、悲しみが和らいでいくのではないか、ということなのです。


 最後の「大切にすべきものは、やはり大切なものであり続けて欲しい」に言及して、おしまいにしようと思います。
 これはもう私の価値観でしかないですけれど、「自分にとって、自分達にとっての善悪や美の感覚、そして生命力を、どれだけ研ぎ澄ませていけるか、どれだけ高次元にしていけるか、どれだけ現実のものにしていけるか」だと思うのです。それぞれの時代で、それぞれの生物が、精一杯それをやるしかないんだろうと思うのです。

 だって、「生き抜こうとするプログラム」が入ってるのが生命なんですから。
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by Sterun-schnuppe | 2007-04-01 19:07 | 考えること