カテゴリ:Report (Ausland)( 27 )

 こちらに着いてすぐ、5日ほどブダペシュト/Budapestに行ってました。申し訳程度に撮った写真をちょこっと。
d0014524_14584060.jpg

 数えてみれば、ハンガリーに来るのはもう7回目になります。いいかげん言葉を覚えろって感じですが、毎回一週間程度の滞在だから(そして英語日本語ドイツ語で済んでしまうから)いまだ挨拶程度しか分かりません。
 せっかく現地人の友がいるのだから、これを機にもうちょっと覚えんとな。…と思うのは何度目かな。

 日中はかなり暑かったです。そして日差しが強い。サングラスは必須でした。気温は30度台後半までいったんでしょうか… でも空気が乾いてるから、木陰で風にあたるととても心地よい。夜も割と涼しいので寝苦しさを感じることはあまりなかったです。

 Budapestへは何度も来ている上に、もともと観光って好きじゃないので、ほんとにただのんびりと町の中を移動していました。徒歩だったりバスだったり、トラムや地下鉄だったり。そんな風にただ空気を感じる事が、とても心地よかったのです。特に今回は。
 そう、こういう感じって。

 そんな中でも、毎度かならずやってくるのがこの屋内市場。
d0014524_14592677.jpg

 売られている品々を見て回るのもいいし、上の階で食事をするも良し。ハンガリーのビールで Arany Ászok ってのがお気に入りなので、毎度ここで飲んでます。安いし。ただし飲んだ瞬間、すべてが汗となって吹き出てきますが。
 それとハンガリーの焼き物が割と好きなので、今回もコップをひとつ手に入れました。日常で使いやすい、さっぱりした色合いが気に入ってます。


 毎度ほぼ目的なくやってくるハンガリーなんですが、今回は唯一「ここに行きたい」という場所がありました。スロヴァキアとの国境の町、エステルゴム/Esztergomです。
d0014524_150564.jpg

 3年前に一度来て以来、いつかまた来ようと思っていた場所。ハンガリー・カトリック教の総本山である大聖堂があって、その聖堂内の空気感をもう一度肌で感じたかった。誰が建てた何の建造物、とか、誰が描いた何の絵、とか、そんなものには一切興味がないのだけれど、ただその空気の中に身を落ち着けたかったのでした。
d0014524_150418.jpg

 橋を渡ればすぐスロヴァキアなので、少しだけ入国しました。3年前にはあった国境検問所が完全に廃止されていて、EUという体制が定着しているのを思い知るわけです。(特に今回は、Budapestの空港ですら、パスチェックを受けませんでした。)


 北京に飛ぶ友人を見送りつつ、自分は列車乗り継ぎのために、とりあえず Wien まで移動。普っ通に店に入ってケバブを買って、そこらへんのベンチに座って、ネクタリン(桃)をまるかじりして、「ウィーン」にいるのに全く観光めいたことをせず「ただ乗り換えのために」そこにいました。写真もただの一枚も撮ってない。
 そういのが、なんとなく納得いくのです。特に今回は。
 そう、こういう感じ、って。


 夜行列車で戻る途中、フリー切符を持ってるもんだから、思い付きで Köln/ケルンまで行くことにしました。
d0014524_1512161.jpg

 大聖堂はライン川越しに見るのが一番奇麗だと個人的に思ってまして(近くで見ると大き過ぎる上に黒ずんでて怖い)、朝の爽やかな風に吹かれながら橋のたもとに座って眺めてました。パンかじって。そうそう、青空ってのはこういう色だよ、なんて思いながら。
 他になにもないけれど、大聖堂の中にすら入ってないけれど、そういうのが、なんとなく納得いくのです。特に今回は。
 そう、こういう感じって。



 Freiburgに戻ってきてから約一週間が経ちました。友人宅にお邪魔してるおかげで、自分で料理もしています。そして毎日RegioKarte(この地域の一ヶ月フリーパス)を手に、あちらこちらへと足を伸ばしています。ただ、ひたすらに。ちょうど住んでいた頃と同じように。
 町があり畑があり川があり森があり湖があり、ヨーロッパ人もアフリカ人もアジア人も中東人もいて、ドイツ語もフランス語もイタリア語も英語も日本語も中国語も韓国語も他諸々も飛び交っていて、晴れの日は空が高く青く、雨の日は薄暗く、でもそれが穏やかな日常で、そういうのがとても心地いいのです。
 そうそう、こういう感じって。

 自分でも一体なにをやっているんだとも思いますが、自分の身体が「自分はたしかにここにいた」ってのを確認したがってるような気がします。変な話ですけど。
 この町の空気を、色彩を、音を、特別なものではなく、ごくごく当たり前の日常として感じたがっているのですよね、この身体が。せっかくカメラを持って回ってるのに、ぜんぜんシャッターを切ってません。それよりも、その空気をただ全身で感じたいと、どうもそう願っているようです。

 Schwarzwaldの森の中を歩くと、その濃い緑の色がとてもしっくりきます。呼吸をするだけで心地良いとすら思えます。住んでいた当時も随分と悩みを抱えながら歩いた森ですし、今でも色々なものが襲ってくるけれど、それでも、悩むべきところで悩めるというか、そういう「しっくりくる」感じがするのです。


 去年日本に戻ってから、一体何がどうなっちゃったんだかわかりませんが、いろんなものが狂ってしまったようです。ネガティヴなものばかりでは無いはずなんですが、総じてネガティヴに感じてしまっているようです。自分にとってポジティヴな人達とも出会えたけれど、失ったものは計り知れない。


 正直な話、あと半月で日本に戻るのを怖いと思います。創造力や創作意欲なんてものを、この先はたして保っていけるのかと。
 かといって今このままここに住むなんて事も、そう簡単にはいかないし、それに自分も日本人である以上、よく知りもしないまま日本を否定してしまうのも違うと思う。日本でやり始めちゃったことを、カタチになる前に捨ててくるわけにもいくまいし。

 はたして自分の「Home」は、一体どこにあるものか。

 もう20代も後半なので、いい加減しゃんとしたいものですが、ひょっとしたら一生迷い続けるような気がしないでもないです。もう多少の覚悟はしてますけれど。迷うなら迷うで、その中で、未来へとつながる何かを創りだしていければいいなと、そう思い続けるよりないのでしょう。

 芸術/アートって、どちらかと言えば安定・固定化へのアンチテーゼを担っているような気もするので、自分がアーティストかどうかは知りませんが、やはりそういう側の人間なのかな、と、時々思います。


 以上、長くなりました。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2008-08-13 15:17 | Report (Ausland)
d0014524_3303894.jpg

After I departured from Amsterdam, I moved to Rotterdam and stayed there for 4 days. The city Rotterdam was so to say a modern city. The city was not so large like Amsterdam, but there were more modern & high buildings than in Amsterdam, I think.

アムステルダムを出発した後はロッテルダムに移り、4日ほど滞在しました。近代都市、という言葉が似合います。アムステルダムに比べてずいぶん小さいものの、アムステルダムよりも近代的な大型ビルが多かったような気がします。


d0014524_331861.jpgThere is also a great bridge, Erasmusbrug. I was surprised that the great bridge was bascule bridge...

ここには「エラスムス橋」という大きな吊り橋があるんですが、これが跳ね橋(可動橋)だと知った時には、さすがにビビりました…


Otherwise, I stayed in a hostel. I showed my reservation at the reception, and the clerk gave me a key. Then I found that a strange word is written on the tag of key. It was "Club".
And I asked the clerk, "What is 'Club' ?"

ところで、泊まっていたホステルでの話。到着して、受付で予約の紙を見せて部屋の鍵を受け取りました。すると鍵のタグに、何やら奇妙な単語が書いてあるんですよ。「Club」って。思わず受付のお姉さんに聞いてしまいました。「何、"Club"って?」

She said, "It's the name of room."
受付嬢曰く、「それ部屋の名前ですよ。」 (←あっさりとした口調で)

d0014524_3314597.jpgSo amazing... There was a man "SATURDAY NIGHT" on the wall, and the floor was also strange. Bed and blanket were totally red... I don't know whether it is becouse of that, but I couldn't sleep well during these 3 nights.

びっくらしました… 壁には"SATURDAY NIGHT"の男が描いてあるし、床にも何か描いてあるし、更にベッドも毛布も真っ赤… このせいなのかどうかは知りませんが、ここでの3泊はどうも寝つきが悪かったです。


But a woman at reception was so kind. Maybe I use this hostel again, and would like to ask whether I can use another room. :-)

でも受付のお姉さんはとても人柄が良い人でした。たぶん次回もここを使うでしょうね。で、部屋は別のを頼むんでしょうかね(笑)。

Photos of Rotterdam are here.
ロッテルダムの写真はこちら



Then I went back to Germany, but I dropped in at Utrecht about 10 hours on the way home. The city Utrecht was a small beautiful city, I'd like to say. There were many moats(river) in the city, and there were many stores or cafe by the river, even the place was under the street (under the ground).
The sight was so beautiful that the sun light comes through the green leaves.

その後はドイツに帰ったのですが、途中で10時間ほどユトレヒトに寄り道しました。ユトレヒトの町は、小さくて、とても美しい。町じゅうに掘(小川)が走っていて、その川沿いには店や喫茶店が軒を連ねています。そこ、実は道路の下(地面の下)なんですが。
それにしても、緑の木の葉を通り抜け太陽の光が差し込む景色は、本当に美しかったです。
d0014524_3342793.jpg


I found a very amazing bus there. It was really shocking at first. There is a bus with 3 cars. I have seen a bus with 2 cars many times also in Germany. But a bus with 3 cars... I can't understand why it can run well.

d0014524_335839.jpg驚くべきバスをここで発見しました。最初はショックですらありました。バスが、3両連結なんですよ。2両連結のはドイツでも何度も見てますが、3両っておい… なんでちゃんと真っ直ぐ走れるのか、ほんと信じられません。


Utrecht is the city where Mr. Bruna lived. Do you know Bruna? Maybe you know a rabbit with a blank look, I think.
It's maybe as he lived here, his paintings are also on the trash box in the city.

d0014524_3355068.jpgユトレヒトはブルーナ氏ゆかりの町でもあります。知ってますかね、ブルーナさん? たぶん「万年無表情ウサギさん」と言えば、結構有名なんじゃないかなと思います。
そのブルーナさんゆかりの町だからでしょうか、町中のゴミ箱にも彼の絵が描かれておりました。



Otherwise, I found this at the central station. This combination is so nice, isn't it?
そうそう、中央駅でこんなものを発見しました。これこそ世紀の共演だと思いませんか? 並べた人のセンスを(ある意味で)大絶賛します!!


d0014524_3361830.jpg



Photos of Utrecht are here.
ユトレヒトの写真はこちら
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2007-05-18 03:39 | Report (Ausland)
d0014524_3593313.jpg
"What an amazing city here is!", so I thought. I was surprised as there were really many races. There is everything in Amsterdam. Desire, crime, culture, and art. So many things are there.

「なんて町だ…」 これがアムステルダムの第一印象でした。まず人種の多さに本当に驚きました。そして、欲望、犯罪、文化、芸術、アムステルダムには何でもあるんだという事が、何よりもまず興味深かった。


d0014524_3595776.jpgOtherwise, a cousin of mine lives in Amsterdam, and works as bicycle taxi driver. It was nice that I could meet him. I got on this taxi and we ran together for a moment. Also in Amsterdam you can speak Japanese with him!

ところで私の従兄弟の一人がアムステルダムに住んでいて、自転車タクシーの仕事をしています。もし誰かアムステルダムに行かれたら、写真のタクシーを探して、シャニーなる人物がいるか聞いてみてください。日本語OKだし、頼めば町のガイドもしてくれますよー。
しかし私と彼とは同い年。異国の地へ飛び出していって、ゼロから仕事を見つけて一生懸命生きてる姿は眩しかった。


Maybe it's famous that they can smoke light drug here. And this is interesting: "Café" is for coffee & tea, and "Coffee shop" is for drugs.
But there are also people who sell hard drugs. Of course it's illegal. But during the daytime I saw that the police arrested a man like that. My cousin said that it is not a particular thing.

オランダでは軽い麻薬が合法なのは、結構有名な話だと思います。ちょっとおもしろかったのが、"Café"は普通の喫茶店、"Coffee shop"が麻薬を扱ってる店、らしいです。
町中にはやはり強い麻薬を売ってる人もいます。もちろん違法。着いた日だったか、警察が密売人を逮捕するところを目撃しました。昼間の話です。いとこ曰く、珍しい出来事ではないようです。区域によっては、月一回くらいで発砲事件もあるらしいです。


d0014524_402631.jpgThis is the red light show window of prostitute, and I walked through this area with my cousin. Maybe here is also famous, I guess. There are many windows(doors) with red light, and many prositutes are waiting for their visitor. But it was really strange for me that many women only with bikini are standing by windows and looking us.
And what's amazing is that this area is really near by central station, and is really open for everyone. There are many people who live in this area, there are also many hostels, bars and restaurants, and in the daytime many children are also playing anywhere in this area.

きっとこれもそこそこ有名な場所だと思いますが、「飾り窓」と呼ばれる風俗街があります。赤い照明の窓(ドア)が並び、そこにビキニ姿の娼婦達が立ち並んで客を待っています。それこそマネキンみたいに。(そして多くはブラックライトに照らされ水着が光ってる…)
このエリアを従兄弟と歩いたのですが、ガラス一枚挟んでいるとはいえ、生身の女性がビキニ姿で立ち並んで自分たちを見ている様は、何とも異様でした。ちょっと薄気味悪くもありました。入ることは… 無いだろうな。
何が驚いたって、このエリアが中央駅のすぐそばにあるということ。そして本当にオープンな場所である、ということ。このエリアに住んでる人も多いし、ホステルやバー、レストランなんかも多く、昼間では子供たちもそこらじゅうで遊んでる。


There are also many spots for culture and art in Amsterdam. Many great museums and theaters are there. And now some great buildings for culture, business, art are in construction near by central station. The conservatorium which I visited also builds a new school building with a great concert hall there.

アムステルダムには、文化や芸術のための場所も多い。いくつもの大きな美術館や劇場が点在しているし、いま中央駅のそばでは文化・商業・芸術のための巨大なビル郡が建設されています。私が訪ねてきた音楽院も、ここに立派なコンサートホールを備えた新校舎を建設中。


In Amsterdam there is also a port, where a great ship can anchor, and I saw a really really great ship there. Many busses and trams are running all day long.

アムステルダムの港も、巨大な船が停泊できる大規模なもの。ちょうど滞在中に、超巨大な客船が停泊しているのを目撃しました。なんというか、ビルよりでかい。
バスもトラムも一日中走ってて、都市としての機能も発達してます。


And you can find really many races here. White, black, European, Asian, Middle Eastern, African, North and South American... Every races are there in Amsterdam. Maybe New York is so, too. But it was enough amazing.

そして本当に人種が多い。白いのも黒いのも、ヨーロッパ人もアジア人も中東人もアフリカ人も南北アメリカ人も、アムステルダムにはもう何でもいる。きっとニューヨークもそうなんでしょうけれど、私にはもう十分驚きでした。


The city Amsterdam interests me. This city is not beautiful, I'd like to say so. But this Amsterdam is really interesting. I want to live here, I thought.
If I live here, many things will happen, I guess. The life goes surely not always easy. But it is good and important for me now, I think. Of course I will study music, but I can also learn many many other things.

アムステルダムという町は、とても興味を惹きます。綺麗な町とはちょっと言えないけれど、しかし本当に興味深い。ここに住みたいなと思いました。
きっと住んだら色々なことが起こるんでしょう。生活は間違いなく単純にはいかないだろうけれど、ただそれが今の自分には良いし重要なんだと思います。もちろん音楽を学ぶつもりなんですが、きっとそれ以外の数々のことを学べるはずです。

d0014524_405228.jpg


More photos are Here.
写真はまだまだあります。こちらへどうぞ。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2007-05-11 04:03 | Report (Ausland)
1. Guten Tag. Ich bin Hiko. Ich wohne in Deutschland.
2. Hello. I'm Hiko. I live in Germany.
3. こんにちは。彦です。ドイツに住んでます。
4. Jó napot. Hiko vagyok. Németországban lakom.
 ヨーナポット。ヒコヴァヂョック。ネーメトルサーグバンラコム。

 というわけでMagyarország/モヂョロルサーグ/ハンガリーに行ってきました。ハンガリー入りはここ2年の間で5回目なんですが、ハンガリー語はというと、まだ全然話せません(泣)。今回ちょっと勉強しましたが、言えるのはちょっとした挨拶程度です。
 せっかく現地に友人も親戚もいるんだからと、成田空港を出るときにハンガリー語の本を買ってきました。ま、すぐに出来るもんではありません。
d0014524_20564112.jpg
 出発が土曜日のため調度いい列車がなく、朝5:20の電車でエンゲンを出発。まだ帰宅して24時間経ってません(笑)。
 Stuttgart空港から飛行機1時間半で、Budapest空港に到着します。近いですよねーほんと。いままで列車で十数時間かけて行ってたのに。
 そうそうこの飛行機が、Germanwingsという安く乗れる航空会社なんですが、なんと「自由席」。窓口でもらったチケットに、席の番号が書いてない。いやまさか、と思ったんですが、本当に自由席。別に何も問題ないんですけど、飛行機で自由席というのは、なかなか新鮮でした。


d0014524_20571743.jpg さて今回のハンガリー旅行、随分と人に会う旅になりました。空港からSolymár(ショイマール)の従兄妹(いとこ)の家に行き、おじに会いました。更に日曜日には従兄妹のうち兄の職場のボスと食事会に行ったりもしました。おじはハンガリー人ですが日本語話せますし、いとこの職場は日本企業で、職場のボスというのも日本人。なんだか日本語が話せる人ばかりです。

 この食事会がスゴイ所で、Budapestのドナウ川沿いのレストラン。高級そうな店でした。店内ではなんとBGMの生演奏してるし。料理も結構おいしくて、なんだか贅沢してるなぁと思うのでした。

 ところがこの店の料理が災いになりまして、翌朝深夜あたりから下痢と嘔吐が止まらない… そう、食中毒ってやつです。どうも豚肉が当たったらしく、豚肉を食べた3人だけ月曜日は丸一日完全にダウン。今ハンガリーでは西ヨーロッパから古い肉を仕入れて売りさばく悪徳業者が出てるらしく、それではないか、と聞きました。
 上からも下からも全部出て、本当に体の中がカラッポでした。水飲んでもすぐ出てくる、みたいな最悪の状況。頭痛もひどくて、当人としてはかなり笑えなかったです。いとこ宅で眠れたからいいものの、これが見知らぬ出先の地だったら、結構ヤバイですよね。

d0014524_2057477.jpg 一時はどうなるかと思いましたが、夕方くらいに落ち着きだし、翌・火曜日の午後ぐらいには復旧。SolymárからBudapestへ移りました。友人ゲルグとチッラの家に行き、おいしい手料理をご馳走になる。前日からほとんど何も食べてなかったせいもあり、もう、おいしくておいしくて。


 翌・水曜日はBudapestをちょっと周った後、友ゲルグの通う大学を見に行ってみる。東洋文化専攻なので、図書館には日本語の本も多数。日本のあれこれについて英語で書いてある本もあり、なかなか興味深いです、こういうの。
d0014524_20591093.jpg そして夜はゲルグ兄の家で小さなコンサート。ピアノとチェンバロをメインに、ヴァイオリンとチェロの室内楽。チェンバロの音ってなかなかよくて、かっこいい曲も幾つかありました。ホールではなく、こういうところで聞く音楽会って、私は結構好きです。

d0014524_2059504.jpg さらに木曜日。この日の夜はなかなかオモシロイ光景が見られました。ゲルグとチッラの家で、様々な友人を招いてのパーティーがあったんですが、何か料理を作ろうと。で私も加わって何人かで作ったんですが、すべて日本食(笑)。中には寿司も煮物もモヤシ炒めもありました。
 西洋人の掘りの深い顔って分かりますよね。その集団がみんな和食を突っついてる姿って、結構インパクトあります。東洋文化専攻の人も多く、日本語が話せる人も何人かいたりして、なんだか不思議な空間でした。


d0014524_2111828.jpg ようやく金曜日にSzentendre/センテンドレという町へ出向いてちょっと観光みたいなこともしましたが、夜がまた(笑)。ゲルグの通う大学で、中国の新年会をやるってんで参加してきました。出るわ出るわ伝統芸能の数々。中にはいいのもあったんですが、BGMに合わせた空手披露はちょっと… あと、ハンガリー女性達がチャイナ・ドレス着て唐傘持って踊る姿は、なんかとても新鮮でした。


 ずいぶんアジア文化に触れた一週間でした。日本人にもたくさん会ったし、おじもアジアの文化について熱く語ってくれましたし、ゲルグのPCにも日本のアニメやら歌やら、どこで見つけてきたんだ?というものが入ってるし… たまたま、ほんとに偶然にも友人が東洋文化専攻で、おじも東洋研究をしてる人だっただけ、偶然そういう行事も重なっただけなんですが、ずいぶんアジアを満喫した一週間でした。ええ、ヨーロッパの中のハンガリーで。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2007-02-25 21:02 | Report (Ausland)
 ちょっと記事が前後しますが、ハンガリー旅行記です。

 今回は人生で5度目、最近でも4度目のハンガリー滞在なので、もはやブダペスト観光など意味を成しません。列車でブダペストについてそのまま、いとこ達とともに田舎の家へと向かいました。(叔母の旦那がハンガリーの人で、いとこ達も2/3はハンガリーに住んでます。) ちょうどオランダへ行っている同い年のいとこも帰ってきていたので、一家勢ぞろいでした。彼とは久々に会ったので、話も結構盛り上がりました。オランダで自転車タクシーをやっているので、その辺の話を色々聞けました。
 家の中で日・英・洪牙利語が飛び交う姿は、なかなかおもしろかった。

d0014524_22205588.jpg
 さて今回の主な目的は、ブダ王宮である「職人の祭り」です。毎年8月の中旬にやっていて、ハンガリー全国から様々な工芸職人が集まってきます。翌日さっそくブダペストへ出て、見物にいきました。

d0014524_22211851.jpg
 王宮のふもとの入り口から中まで、ブースが立ち並んでいます。布、皮、木、陶器、金属など多種多様。その場で鍛冶仕事をしている人もいました。

d0014524_22213473.jpg
 実家の幼稚園の園長と一緒だったのもあって、ついつい「こういうのなら幼稚園でも作れるんじゃない?」「こういうの作って子供たちにプレゼントしたら素敵かも!」という視点で見てしまいました。玩具とか木製食器とか特に。

 私が行ったのは初日だけですが、8/17木曜~8/20日曜の4日間の開催でした。


 ブダペストは、ドナウ川西側のブダと東側ペストの合成語なんですが、初めてブダ側を探索しました。目的地を決めずとラムに乗ってどこまでも。初めて見る景色の多さに、結構驚きました。
 ちなみに足だけは川に浸かってきました。泳ぐには冷たい…


 土曜日に友人と共に、友人の知り合いの木工職人の作業所を訪ねに列車で田舎へと移動しました。友人がヴァルドルフ学校時代に学んでいた先生でもあるそうで、今でも椅子や机などを作っています。家に入ると海パンにTシャツ姿で「うへぇっ」と思いましたが、人柄の良いおじさんでした。「ここは毎日が休暇だよ」とか言ってました。私はハンガリー語は全くダメなので通訳してもらわなかった部分の会話の内容は想像の域を越えませんが、まぁ言語ってのは日本語同士でもお互いの想像の中ですし、そんなもんですよね。
 工房の中を見学しつつ、思い切って聞いて見ました。「この仕事で生活に十分なお金を手に入れるのは、大変なんじゃないですか?」
 「それは出来るんじゃないかな、と今では思っているよ」という返事が返ってきました。純粋に制作をしながら/好きな事を仕事にしながら生活をするのは、厳しいだろうなぁと思っていた私には、ちょっと励みにもなります。まぁ「ここに住むなら」という条件も、結構重要なんだと思いますが。

 翌日、職人の祭り最終日。毎年恒例のイベントで、この日は王宮前のドナウ川が大変な騒ぎになります。そのイベントとは、なんと航空ショーです。最初はヘリが国旗とEU旗をぶら下げて登場。そして旧式戦闘機が登場。さらに… ご覧ください。王宮の間近を飛行機が低空飛行しています。しかもこれ、MALEVって会社の普通の旅客機!
d0014524_22215932.jpg

 さらに3機のプロペラ機が、やってくれました。
d0014524_22304625.jpg
d0014524_22223675.jpg
 テクノの音楽をBGMに空を舞う航空機。さらにPAには途中、オペレータとパイロットの無線交信が混じり、臨場感が倍増! なんかよくわかんないけど、かっこいい!

 その後は小型戦闘機での水面ぎりぎりでのレースが行われ、橋の下をくぐる有様だったらしいです。こっちは時間がなくて見てないんですが。


 ブタペストを後にし、今度は友人の田舎Kestölcへ。もう家族全員と顔見知りなので、ついつい何気なく行ってしまいます。ここの両親、子供の教育のためにブダペストから片田舎へと居を移したというから、偉いと思います。
 家のだだっ広い庭で、煮込み料理を作りました。たっぷり野菜を焚き火で煮込む。初めて見る野菜もありましたね。ちなみに料理の指揮をとっていたのは、別の友人の父、芝居小屋の音響技師でした。

d0014524_2223212.jpgd0014524_2223128.jpg
 ちょうどこの日の晩は嵐で、料理中から雨が降りだしました。そんなわけで、そこのケラー(倉庫)の中で食べることにしました。(ちなみにブダペストでは大変な嵐だったようで、死者も出ていた、という話です。)
d0014524_22234119.jpg



 毎回のことではありますが、現地の普通の家に泊まったり、引っ越し(家の片付け)を手伝ったり、草原の真ん中で料理したりと、かなりディープなハンガリー体験になりました。やっぱりね、観光より楽しいですよ。


P.S.
無事Engenでネット開通しました。
通信速度はむしろ速くなった(笑)
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-08-27 22:24 | Report (Ausland)
d0014524_22282925.jpg
 一週間ちょっと前ですが、フランスのストラスブールに行ってきました。コンサート&CD制作の打ち上げみたいなノリで、友人と2人で日帰り、ちょっとだけでしたが。


 ストラスブールは基本フランス語ですが、国境のすぐそばという場所柄ドイツ語を話せる人も多いので、特に言葉で苦労はしませんでした。帰りの列車の本数が極端に少なくて、そっちは困りましたが(笑)。

d0014524_22292458.jpg 町並みは、やはりフランス文化の匂いがしますね。Freiburgもその影響下にあるせいで、なんだか見慣れた、落ち着いた感じ。でも色とりどりの建物が並んでて、美しい。

d0014524_22294712.jpg 鉄道関係者では有名かと思われるストラスブールのLRT(トラム)も、本物を見ました。中高生くらいの時に雑誌で見たやつの本物が、目の前を走り抜けていきました。たしかに綺麗なデザインだ。そして、警笛ならぬ警鈴の音が、奥ゆかしくて落ち着いていて、とても良い感じでした。

 それから、運河。町中を流れる川があって、そこを観光船が走ってるんですが、その川に高低差がある関係であの仕組みがついてました。名前知りませんが、パナマ運河にもあると聞く水位を変えて船を走らせる「エレベータ」式の運河です。本物を見るのは初めてでした。

d0014524_22302751.jpgd0014524_22305171.jpg


d0014524_22355135.jpg

 そして教会。ストラスブールにも大聖堂があります。中の空間が広々としていました。祭壇の飾りつけは、なかなか見物だったとおもいます。場内放送にドイツ語もあるのが、やっぱり土地柄ですね。

 しかし…

 あたりの建物が異様。なぜ観光ガイドブックでは誰も突っ込んでないのか?!
 だれも気付かなかったとでもいうのだろうか?!!


 あのですね、驚くほど垂直が取れてないんです。分かりやすい写真がないのが非常に残念ですが、あからさまに歪んでるんですよ、建物が。アルザス&バーデン地方では木枠式建物が名物ですが、歪んだ木の柱をそのまんま使ってました。建物と建物が寄り添っちゃったりなんかしちゃってて、もう大丈夫なのか?って感じでした。

 なんというか、どうやって建てたのか不思議でしょうがない。地震がきたら一発で崩れ去ってしまいそうな雰囲気でした。


 観光地だから観光すればいいんでしょうが、2人の組み合わせにより「裏道めぐり」になっておりました。ひたすらに「この道おもしろそうじゃない?」で裏へ裏へ。写真をあまり撮ってませんが、結構たのしいストラスブール巡りでした。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-07-31 22:17 | Report (Ausland)
:::: その伍 ( 6/04-07 最終話 ) ::::

 Lanca de Jos (Gyimesközéplok)を後にした私たちは、まずCorund(Korund)という村に寄りました。ここにはお土産物がたくさん並んでいます。以前友人宅で見て以来ずっと気になっていたマグカップを購入。さらに、衝動買いに近いですが2m×60cmくらいの綺麗な絨毯を入手しました。生産地であるということと物価の低さとで、とても安かったです。デパートなんかの安物より質がよくて値段が低いのでは?と思います。
d0014524_2120861.jpgd0014524_21202125.jpg

 教会に立ち寄ったところ、そこの管理(というか雑用全般)をやっている女性に会いました。友人の通訳によると、「むかし私が別の町に留学してたときね、ある日本人が「結婚して!」ってしつっこく迫ってきたのよ」というエピソードを語ってくれました(笑)。



 いいかげん風呂に入りたい!と願う私達。ついにその願望が叶うときが! やってきたのはSovata(Szováta)。ここは池の町。大きな温水の池で泳げるんです。

 さぁ喜び勇んで池に到着。
 あれ? 誰も入っていない…

 冷水でした(笑)。温水といっても天然光で温まるだけなので、曇・雨つづきだったこの時はダメでした。でもみなさん我慢ならんので、我ら7人で独占してました(笑)。後からやってきた観光客達が、もの珍しそうに眺めていました。

 この池の水は塩水で、土壌の塩分を取り込んだ水が流れ込んできています。池の下層部は塩分濃度が高く、表層は低く、その境界で光の屈折が起こり、より多くの光を取り込んで温かくなるという仕組みだそうです。さらに地形的(湖底の地形)な原因によって、さらに効率的に温まるんだとか。「やっぱ夏は海(塩水だから)だよねー!」とか言ってふざけてました。
 ま、ともあれ冷水でしたけどね(笑)。シャワーまで冷水でやんの。


d0014524_212112.jpgd0014524_21211249.jpg

d0014524_21213560.jpgd0014524_21214741.jpg

 この日最後の経由地は、Sighişoara(Segesvár)。古い町並みの残るところで、丘の上の一帯は高級地なんだとか。車で入るにはお金を少々払わねばなりません。そんな場所なもんだから、静かにしなきゃいけません。当然ながら、

d0014524_21222570.jpg

トランペットは吹いちゃいけません。



 今日走ってきた地域は、ずいぶん貧しい地域でもあるようです。道を尋ねに車を止めると、わらわらと子供たちが(時として大人も)集まってくる。お金ちょうだい食べ物ちょうだいっていう、物乞いの人達です。本当の生々しい(この表現は適当ではないけれど)物乞いの人を見るのは、私には初めてでした。テレビや物語の中だけの出来事が、生々しい現実として目の前に現れたのですね。
 この古い町にも、そんな少年達がいました。10歳くらいだったろうか、車が入ってくると駐車場へ誘導を始める。止まったところで、「僕がここの案内をする(からお金をちょうだい)」と言う。また彼らは3ヶ国語ほどを使えるらしい。断ってもなかなか引かず、ねばるねばる。

 物乞いの子供たちを、特にこの町にいた子供たちを見ていて、なんとも言えない気持ちになりました。体つきはまだ可愛い10歳くらいなのに、大人相手に堂々と交渉をしている。数ヶ国語を駆使し、自分が、まさに「食っていく」ためのお金を、自分の力で手に入れている。物乞いというと、いささか侮辱の意味が込められていることが多いと思うが、彼らを前にするとそんな事は思えなかった。
 私は自分の生活費を自分で稼いだことが無い。幸い家庭がある程度裕福であったから、お金に関して苦労することはなかった。大学にも行かせてもらったし、今も外国での遊学をさせてもらっている。もちろんアルバイトをしたことはあるが、切実にお金のためというよりは、あくまで経験を積むという目的でやっていた節がある。だから大した金額を稼いだことも無い。
 ところが目の前の彼らは、まだ自分の半分以下の年齢なのに、おそらく自分の生活を(少なくとも大部分を)自分で成り立たせている。そう考えると、彼らの方がよほど偉いと思ってしまう。

 彼らに大きな態度を取っていい人間は、
 実はあまり多くないんではないだろうか。

 自分と彼らとの間にある隔たりは何なんだろう… そう考えていました。



d0014524_21225044.jpgd0014524_2123125.jpg

 翌朝にOradea(Nagyvárad)に寄りながら、午前中には国境を越え、昼ごろにはBudapestの叔父宅に到着しました。叔父さんを中心にみんなで昼食を作って食べ、おやつにクレープを焼いたりしながらのんびりと過ごす。ここでそれぞれバラバラになり、私と友人の3人はBudapest中心部の家に帰りました。夕飯に念願の(笑)鯉のスープを食べ、遅くに飲み屋に行く頃には体力的な限界を迎えてました。


 午前中まるまる起き上がれず、ようやく昼前に家を出る。再び3人で集まって昼食を取り、午後16時頃の列車でBudapestを後にしました。Wienで夜行に乗り継ぎ、なぜか墺・独の国境でパスポートを入念にチェックされ本部と電話確認までされながら(何も問題はないんですが)、翌7日の朝にはFreiburgに帰り着きました。


 わずか一週間の旅でしたが、長い一週間の旅でした。
 ずいぶん経験地の上がる旅でした。

 誘ってくれた友人と、さんざんお世話になった一家の皆様に、心から感謝です。


P.S.
 8月から学校に入るのを踏まえ、6・7月は再び語学学校に通うことにしました。そういうわけで、7日の朝8時にFreiburg中央駅に到着し、そのまま休む間もなく大荷物をぶら下げて語学学校へ直行し、最初の授業を受けていたのでした。大丈夫、授業中は寝てません(笑)。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-06-16 21:23 | Report (Ausland)
:::: その四 ( 6/03-04 ) ::::

 ミサを終えて山を下り、ひとまず休憩。昼食兼夕食を食べに行くことに。とはいってもここは小さな村なので、売店なんかほとんど無い。ましてやレストランなんて…

 というわけで、車ではるばる出掛けました。温泉に入りたいよね!っていうもくろみもあったので。ところが目的地に着いてみれば、すんでのところで温泉は閉店。ブダペストを出てから一度も体を洗えぬまま、しばらく我慢せねばなりませんでした…
 仕方ないので別の町へ行って食事にありつく。ところがこれが美味い。ルーマニア製ビールにグヤーシュ(スープ)と肉料理を食べ、大満足でした。

 さて村の教会に戻ると、もう20時を過ぎていました。ここからミサの続きです。昼間とは違って人数もグンと減ったので、今度は教会の中です。
 まず最初は、少年少女の楽団によるコンサート。彼らは孤児として教会に住んでいる人達です。で教会の主人(?)が彼らをまとめ楽団にし、オリジナルの音楽を作り、各地でコンサートを開いたりCDを販売したりして自分達で収入を得ているそうです。
 始まった演奏は、ポップな感じ。教会の中でバンドのライヴをする、といえば分かりやすいでしょうか。若者からお年寄りまでノリにノッてて、拍手喝采でした。ファンと呼ぶのだろうか、曲を覚えていて、歌詞カードを見ながら一緒に歌ってる人もいました。
 「教会でカトリックのミサ」というと、どうしても厳かなイメージがあったんですが、これには驚きました。そして何より、こんなにも村人達を楽しませているということが、とても感慨深かったです。こういう宗教行事のあり方、こういう音楽・芸能事のあり方って、とてもいいなと思いました。

d0014524_2042247.jpg 引き続き聖歌合唱があり、ほんとの「ミサ」も始まりました。朝までぶっ続け、オールナイトです。あんなに歩いてきて疲れてるはずなのに、更に朝まで祈り続けるというのは、やはり何か深いものを感じます。「敬虔な」という言葉が、しっくりきました。
 私はというと疲れ果ててしまっていて、ミサ中には意識も朦朧としていました。時として眠っていました。それでも、車に戻って眠らずに、教会の中に朝までいようと思ってねばってました。


 ミサというのは、出席したことがある人は知ってると思いますが、最後に参列者がそれぞれに握手を交わすんですよね。もちろん今回もありました。
 こんな片田舎の小さな教会にアジア人がいること自体、さぞや奇妙だったと思います。旅の途中、驚いた顔で視線を向けてくる人は実際多かったです。でも、この握手のときには何のためらいも無く優しい顔で握手を交わしてくれるんです。

 「同じ神を信じるものならば、そこに垣根は無い。」

 そういう意識があるのかな、と思いました。残念ながら宗教戦争というのは各地で絶えないものです。ですがこの小さな村にあっては、対立ではなく融和の力として宗教が存在していました。こういう宗教のあり方は、とても望ましいなと思いました。
(正直なところ私はキリスト教徒では無いですが、それを否定するつもりはないし、それを信じる人を否定するつもりもまったく無いので、キリスト教徒を尊重する気持ちを持った上で、私もミサに参列していました。)

 ミサが終わり、すぐに再び山頂へ登りました。日の出です。残念ながら地平線から登ってくる姿は見えませんでしたが、数百人が集まって、その静かな朝を迎えていました。


d0014524_20422881.jpgd0014524_20424682.jpg

 夫婦のいる村に戻り(今度は車です)、朝食兼昼食。ちょっとのんびりして、出発の時間になりました。みんなで記念写真を撮って、お別れの挨拶。私はハンガリー語をろくに知らないので挨拶もまともに出来ませんでしたが(いいかげん少し覚えんといかん)、むこうのおばあちゃんが「あなたに会えてよかったわー!」なんて言ってハグしてくれたり。日本でもルーマニアでも、田舎の人は温かいです。

 田舎暮らしになると、お金はないし、便利さも無い。けれど、心の余裕というのは段違いにある。不便だけど、満足して暮らしていける。お金儲けに走ると、心は狭くなり、何かに追われる生活になる。だったら、むしろ田舎暮らしのほうが良いのではないか、と思ったり。
 しかしもちろん、お金が無いと新しい知識や経験を得るのは難しい。自分自身、両親祖父母や先祖のお金によって今の経験を得ている。村の暮らしに満足しているというのは、裏を返せば、その暮らししか知らないからだ、と言えなくもない。だとしたら、それは「本当に」満足なのか。

 ただ言えるのは、最終的に、そして決定的に重要なのは、やはり人間らしい温かみのある人柄や生活である、ということだ。

 では「人間らしい」「温かみのある」とはどういうことか?
 これを見極めるために、私はまだ時間と経験を必要としています。

(次回いよいよ完結編!)
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-06-14 20:43 | Report (Ausland)
:::: その参 ( 6/03 ) ::::

 目を覚まし、急いで寝袋を畳み、出発の準備を整える。時刻は3時。もちろん午前。ここからが今回のメイン・イベントです。詳しい内容は知らなくて、前日に車の中で初めて聞いて、ビビりました。

 午前3時は、いくらなんでも真っ暗です。ど田舎だから街灯もわずかだし、前日の雨のせいで道路はぐちゃぐちゃ(表通り以外は舗装なんてされてません)。寝袋など必要ないものを車に残し、そんな中を近所の教会まで歩いていきました。私のボロボロ靴には、あっと言う間に水が染み込んできました。
 午前3時半、教会の前には長蛇の列。うごめく人の影。
 さぁ、いよいよスタートです。

 "Pilgrim"って知ってますか? Pilgrim Fathers だったら聞いたことあると思います。日本語に訳すと、「巡礼」てな感じです。この地方にはPilgrimの慣習があって、年に一度、この地域一帯のメイン教会へ出掛けてミサに出よう!のコーナーなわけです。
 さて、それはいかほどものか。この村から目的地のMiercurea Ciuc (Csíkszereda)まで、その距離、約35km。これを、「歩きます」。

 真っ暗なので、どこに誰がいるのか、何がどこにあるのか、よくわかりません。経文を唱える声、聖歌を歌う声、先頭を行く鈴の音、私には未知すぎる長蛇の列が、ぞろぞろと歩いて行きます。しかも決してゆっくりとは言いがたいスピードです。

d0014524_2223370.jpgd0014524_2225010.jpg

d0014524_2231373.jpg 一時間ほど歩くと、だんだん辺りが薄明るくなってきて様子がつかめてきました。列は予想外に長いです。辺りの様子も見えてきました。本当に、山間の小さな村って感じです。
 2時間3時間も歩くと、もう何が何だかわかりません。いったいどれ程歩いたのか、あとどれ程歩くのか、気が遠くなってきて、もうどうでもよくなってきます。


d0014524_2233844.jpg あるとき気付いたんですが、ずっと上りなんですよね。だんだん急になってきてるんですよね。話を聞けば、山を越えるそうです。あぁ、やはり。途中から車道を離れて斜面に登りだしました。近道です近道。
 せっかく乾いた靴をまた湿らせ、霧の中を進む。やっと頂上を越え、あとは下りだけとのこと。だが下りは下りで歩きづらい… ゴツゴツの地面、泥の地面を下るのは、ラクじゃないです。


d0014524_224148.jpg そうそう、途中でトラックが停まってるのを何度も見かけました。よく見ると中に人が乗ってます。ははぁ、そういうことですか。歩けない人、怠けたい人用のタクシーです。でもどう見ても、人身売買かなんかのトラックに見えて仕方が無い…


d0014524_2241892.jpg 山をほぼ越えたところで、途中休憩。30分程休んだあと、再び出発。ここからは平野です。いくつかの村を通り抜けたのですが、この行列を見物してる方々がたくさんおりました。飲料水を振舞ってる方もおりました。村々の教会は、行列が来ると鐘を鳴らします。


 ひとつ書いてなかったことがあるんですが、前日から疑問だったことがあります。ここはルーマニアです。で、私が同行した6人は全員ハンガリー人です。なのに、みんな平気な顔して会話してるんです。今日の行列も、なぜかハンガリーの国旗が目に付く。これはどういうことか。
 Transilvaniaという所は、かつてはハンガリー内にあった場所なのです。正確な年数は知りませんが、ルーマニアになってまだ数十年程度でしょうか。そういうわけで、住民たちもハンガリー語を話し、ハンガリー時代(あるいはもっともっと昔)からの風習であるこのPilgrimもハンガリー文化に根付いている、というわけです。(記事中で地名を2ヶ国語で書いているわけは、これです。)

d0014524_2243785.jpg 最後の村を通り抜け、いよいよ目的の教会が見えてきました。見えてきた! けど遠い! なぜ着かないの! …と、さんざん思った末、ようやく教会に辿りつきました。ここまで8時間。長い道のりでした。昔の人にとっては「近所」の範囲らしいんですが、私にはちょっとキツかったです…


 ここで新たな疑問。なぜみんな止まらないの?
 なぜ? なぜなの?

 嫌がらせですね(笑)。「この日は大勢が集まる日だから教会には収まらない。→よって集合場所は、その裏手の山頂にある広場になります。」


d0014524_2245838.jpg 疲れ果てた足で、教会裏の急斜面を登る。群集が登る。まるでどこかに攻め入るか、逃亡するかのように、民族大移動さながら、群集が斜面を登る。そしてようやく本当にたどり着いた目的地。体力的には限界ぎりぎりでした。しかし一息をつくどころか、目の前の光景にカルチャーショックを受けてしまいました。


 山頂に集まった人の数たるや、軽く2、3千人を超えると思われます。遠くウイグル(中国西部)から来た人達もいたそうです。そして初めて見る屋外ミサ。私は福岡にいる頃、海ノ中道で野外ライヴのスタッフをやったことがありますが、なんかそんな状況でした。PA設備や大型スクリーンまで設置してあるし。でも正真正銘カトリックの「ミサ」です。社会科の教科書で「メッカ巡礼(カーバ神殿ですが)」の写真を見たことはありましたが、いざ目の前にすると驚愕してしまいました。

d0014524_2251798.jpgd0014524_2253227.jpg

 疲労で朦朧とし、目の前の光景に驚愕し、呆然としていた私でした。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-06-12 22:05 | Report (Ausland)
:::: その弐 ( 6/02 ) ::::

 友人と家族、私ともう一人の友人、計7人を乗せた車は、午前1時半頃にBudapestを出発しました。目指すはルーマニア、Transilvania地方。運転するのは一家の父、真夜中の道路をぶっ飛ばします。英語がちょっと通じるので、出発前に「運転、大変ですよね?」って聞いたら、「僕、好きだからねー。」とおっしゃってました。友人の話では、パリ・ダカールラリーにも関わった人らしく(?)て、往路・復路ともパワー全開でした。暗闇の中でも大雨の中でもパワー全開でした。後ろで5人が眠ってても、パワー全開でした。
 ナビゲータの叔父さん共々、大変お疲れ様でした。
 ありがとうございました。

 ここらで今回の移動の様子を、地図上で確認しましょうか。相変わらずMicrosoft Paintで書いてるので、これ以上のクオリティはきついっす(笑)。地図を目で追いながら描き写しただけなので、若干の縮尺誤差があると思います。
 ヨーロッパって、国が多いですよね。ドイツが「ここはドイツだ」と主張できる根拠なんて、本当はほとんど無い気がします。他の国々もまた然り。国家・国境なんて、誰かが勝手に決めただけのものですからね。
d0014524_20193912.gif

 さて、上の地図が今回の様子です。乗り継ぎ、立ち寄った所に赤点を打ってあります。色線の西端から東端まで、およそ1,500km。青色は鉄道移動、緑色は車、黄色は・・・です。(今回の記事 Reise II は、上側の緑線にあたります。)


 記録を取っていなかったので正確な時刻は忘れましたが、夜明け頃(4時頃?)に国境を越えました。ついでに、そこで両替。ルーマニアの通貨はLEI。現在は旧10,000lei -> 新 1lei(だったと思います)の切り替え作業中で、新旧紙幣が入り混じってます。物価は安くて、ユーロ地域の1/3くらいだった記憶があります(不確かですが)。

 余談ですが、旅の間の一週間は基本的に英語のみで暮らしていたので、どうも日本語のようには正しく記憶できていないようです。会話の内容とか、結構抜けてます。なにせ僕の英語は生活最低限レベルなので、その場の応答が精一杯だったわけで…

 最初に立ち寄った町は、Cluj-Napoca(Kosozsvár)。注:ルーマニア語名(ハンガリー語名) 残念ながら雨でしたが、まずは教会に入りました。観光地らしく、結構人が来ていました。
d0014524_20201125.jpgd0014524_20203297.jpg

 さて朝食を取ろうとカフェに入る。服屋併設のところで、オサレな店内でした。

 …がっ!!

d0014524_20211227.jpg←写真をご覧ください。日本語吹き出しの漫画が壁画になっております。なんの漫画か知りませんが、「心配(フリガナ付き)すんな」「人間の力ては魔人の「暗黒体」には対抗てき………ん」そうです。微妙に濁点が抜けてて愛らしいですね(←どこがだ)。まさかルーマニアで日本語を見るとは思いませんでした。残念ながら店員さんは日本語分からないみたいでしたが。


d0014524_20214437.jpg 次に立ち寄ったのは、Paraid(Parajd)。ここの特産品は、右の写真の物体です。これ何だか分かりますか? 「岩塩」です。ほんとに岩でした。でもしょっぱい。こいつを体重計に乗っけて量り売りです。一家の母様はコレがお気に入りだそうで、コレを買うために寄ったらしいす。

d0014524_20225024.jpg この岩塩は、実際に村に鉱山があって、そこから掘り出してきた物のようです。鉱山内のツアーバスも走ってました。いやぁしかし、岩を運んだ手がしょっぱくなるっていう体験は、初めてでしたね。

d0014524_20231950.jpg もうひとつ、これはTransilvania地方ではごく普通の食べ物なんですが、おもしろいので紹介します。このお兄さんが作っているのは"Kürtös Kalács"という菓子パンの一種です。ドラムに生地を巻いてぐるぐる回しながら炭火で焼く。砂糖が付いてて、焼くとカラメル状になるんですね。お好みでシナモンなどを追加できます。1本400円くらいの価格でした。結構おいしいですよ。



 ようやく辿り着いた目的地の村、Lanca de Jos (Gyimesközéplok)。この村のとあるご夫婦の家に泊めていただきました。行く途中に聞いたんですが、アポ無しだったらしい(!)。友人が何度かお世話になってた人らしくて、「大丈夫だよ」という判断のもとで行ってしまったようです。ご夫婦はさぞ驚いたことでしょう。7人もの団体さんが突然やってきたんだから(笑)。
d0014524_20235317.jpg 快く家に入れていただいて、しばし歓談。みんなが何話してんだか僕にはさっぱり分かりませんが、こちらの奥さんの声を聞くだけで、久し振りの訪問客をとても喜んでいるのが良くわかりました。そういえば今回の旅の間は、非言語情報について考える機会が多かったですね、ずっと外国(アウェイ)だっただけに。


d0014524_20242192.jpg こちらの家では牛も2頭飼っていて、乳絞りを現場で見させていただきました。なんか目の前で見ると異様です。あれよあれよとバケツ1杯分の乳が出てきます。そんなに一杯どこに入ってたの?そんなに吸い取られて大丈夫なの?って思ったんですが、心なしか絞られてる牛が気持ちよさげに見えて不思議でした。

 Transilvaniaっていうのは、Tran/越える、Silvania/森っていう意味だそうです。この村も森の中にあって、日暮れまで時間が無かったので、数人で急いで近くの山に登り景色を楽しみました。素晴らしかったです。

d0014524_20245821.jpgd0014524_20252156.jpg


 この日の晩は、こちらの家の一室で、寝袋を駆使した雑魚寝状態で7人が眠りました。まるで大学時代の制作部屋のような眠り方だ(笑)。前日が車の中での仮眠だったものだから、あっという間に眠ってしまいました。
[PR]
by Sterun-schnuppe | 2006-06-10 20:25 | Report (Ausland)