カテゴリ:ひとりごと( 70 )

 明日の飛行機が若干早い時間なので、予定を繰り上げてFrankfurt/Mで一泊することにしましたが…



 中央駅前を歩いていたら、また例の咳が…




 これはかなり場所を選ぶ身体になってしまったということなのか、それとも何か心理的なものも関わっているのか…



 何にしても、嫌な予感。





 別の理由で「日本に戻るのが怖い」と思っていた所だったんですが、更にダメ押ししてくる感じですよね、これは。



 どうしよ。どうなるんだろ。
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by Sterun-schnuppe | 2009-08-30 05:36 | ひとりごと
 明日の飛行機が若干早い時間なので、予定を繰り上げてFrankfurt/Mで一泊することにしましたが…



 また中央駅前を歩いていたら、再び例の咳が…




 これはかなり場所を選ぶ身体になってしまったということなのか、それとも何か心理的なものも関わっているのか…



 何にしても、嫌な予感。





 別の理由で「日本に戻るのが怖い」と思っていた所だったんですが、更にダメ押ししてくる感じですよね、これは。



 どうしよ。どうなるんだろ。
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by Sterun-schnuppe | 2009-08-30 05:33 | ひとりごと
 というタイトルを書いたところで、大した内容を書くつもりでもないんですが…

d0014524_23504431.jpg

 あぁこのキャプチャ(ビデオの取り込み)時間はほんっと無駄だなぁと思った次第で。

 数時間かかるようなレンダリングなら、もうそのまま放置して家に帰ったり寝たりすればいいのですが、キャプチャの場合だと50〜60分に一度はテープ交換をしながら続けなきゃいけないわけで。


 メディアの(というか記録データの)信頼度+その後の保管のし易さという意味では、やっぱりテープメディアは素晴らしい(HDDでは怖過ぎる)のですが、どうにか実時間より速く取り込めたりはしないものかと。倍速取り込みとかさ。


 この、他の作業もできなくなる時間は、どうしたらいいのだろうかねぇ。テープ交換のたびにその場にいなきゃいけないのが、これほんと面倒でさ(苦笑)


P.S.
 まだ6月中なのに、もうすでに夏バテしそうな勢いです。かなり体調崩れて焦りました。夏生まれでも、ダメなものはだめですね。やはり日本の夏は、もはや身体に合わないのか…
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by Sterun-schnuppe | 2009-06-25 23:58 | ひとりごと
 自分よりちょっと年下の仕事仲間がいて、彼は私よりずっと前から仕事で撮影をしていた人なのだけれど、その彼が仕事以外で全く個人的に撮った写真を見ていて、あぁやっぱりそうか、と気付かされました。


 何気ない日常の中に、心に残る一瞬を見つけ出す。


 そういう感性が、自分には足りないな、と思いました。近頃ずっと、勉強のために、家から事務所にいく時にカメラを持ち歩くようにしてるんですが、なかなかシャッターを切るに至らない。何か撮らなきゃ、と気持ちは急くものの、撮るべきものが見えてこない。
 休日にどこかへ出掛ければ、多少何かは撮れるけれど、だんだん住み慣れてきた「日常の空間」の仙台では、もはや目が閉じつつある。


 自分が如実に「感性の低下」を感じたのは、たしかに一昨年に日本に戻ってきてからで、以来「日本が合わなくなってしまった」とかなんとか言い訳がましく思う節が多かったけれど、

 でも、そんなん所詮は言い訳ですよね。


 もっと感動しなきゃ。


 「しなきゃ」って焦るのも変ですが、でも感動出来なきゃいけません。写真も音楽も、何かを創りだしていくのなら、全てはそれからだ。


 もっと探そう。気付かなくなってしまった世界を、もう一度。
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by Sterun-schnuppe | 2009-06-19 22:22 | ひとりごと
 たぶん撮影を頼むお客さんからしたら、

 「やっぱプロに頼むとお金かかるよね〜(or 高いよね〜)」

 …と思うのでしょうけど、

 特にうちは良心的な価格設定をしているせいもあり、

 スタッフの家計は潤っていなかったりします。

 先輩が漏らしてた言葉が印象的でした。

 「なんだか修理費を払うために仕事してるみたい…(泣)」


 機材の購入費どころか、(酷使せざるをえない以上は)維持費だって馬鹿にならないんですよねー。たとえばシャッター耐久10万回、と言っても、一回の撮影で千枚は撮るので、100回撮影に行けばもう10万に達してしまうのです。先日私のカメラも不具合でCMOSと基盤がそっくり交換されましたし。今回はメーカー保証の期間内だったけど、もし次あれば有償修理。
 仕事で受ける以上、ある程度以上のクオリティを出せる機材を用意していなければなりません。腕/技術はもちろんですけど、それだけじゃ届かない。
 「写真で食っていくのは難しい」という言葉を聞きますけど、仕事にするのが難しいという意味以外にも、実際「かかる費用も馬鹿にならない」という意味もあるのかな、と思います。


 私も先月から、フリーランスですけど専属契約のプロ・カメラマンになってしまいました。収入は… おかげさまで安定しましたけど、余裕はどれ程あるんだろうか…? さらに腕を磨くのはもちろんですけど、機材にかかる費用を、どうしようかと考えている部分もあります。どこまでお金をかけられるか、どこ以上を諦めるか…等々。(そもそも今持ってる機材の購入費すら、ちゃんと回収できてるのかどうか…)

 余談ですけど最近思うのは、カメラって「安物買いの銭失い」って言葉が良く合います。使えば使うほど、ここはケチるべきじゃなかった…ってなものが見えてきたりして、高い買い物でも良いものを選んでおかないと、後で損をする、っていう状況になりやすい。趣味ならともかく、仕事として使ってると、より一層そう思います。(つまり若干「失敗したな〜」と思うものがあるわけですが…)

 仕事で使うんなら、そしてもしちょっと無理すれば買えるんなら、いいものを買っておいた方がいいですよ。(ただし実際に仕事として使ってみるまでは「何が良いものなのか分からない」という難点を含んでいるのですが…)


 話は戻りますが、世の中のごく一部のカメラマン以外は、たぶん厳しい家計を強いられてるんだと思います。写真やビデオを頼むみなさま、どうか優しくしてね。一部業者は別ですけど、ぼったくってるわけじゃないんですよ(笑)



 …と取り留めもない文章を書いてみました。就職(?)報告というところでしょうか。

 プロ・カメラマン…響きはカッコ良くて「憧れの職業」みたいな感じですが、はたして実際は…?! そして私の今後は…?!


 (-_-;)


 そうそう、ちゃんと税務署に行って、開業届けをしてきました。これで晴れて(?)個人事業主になりました。青色申告なんてやったことないですが、そういう事務手続きもちゃんと出来るようにならんといけませんね。
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by Sterun-schnuppe | 2009-05-17 23:33 | ひとりごと
 結婚式のビデオ編集をしていると、色々な式や余興を見るわけですが、最近本気でカッコイイと思ったもの。

 新郎さんが自衛隊員のとある結婚式。披露宴中に余興のネタでやってた式典(儀仗隊って言うんでしょうか?)なんですが、新郎さんの敬礼が、ほんとに格好良かった。それだけで見とれてしまった。ネタなのに。



 もうひとつ。ちょっと話が違いますけど、チャペル式だと牧師さんがあれこれしゃべるんですが、大抵みんな「コリント人への手紙」からごく一部(愛は寛容であり云々のくだり)だけ抜粋してくるだけなんですね。すごく表面的で何の力もなく、聞く価値をあまり感じないのです。
 が、ただし知ってる範囲で一人、毎回ものすごく力説している人がおりまして、時々「そんな話を結婚式でするの?!」と驚くこともあるのですが(死産した夫婦の話も聞いたことがある)、それでもなお伝わってくる、しっかりとした中身や姿勢を感じます。そして、たしかに今聞くにふさわしい話だと思わされます。
 ちゃんと自分の言葉で話ができる牧師さんは、信頼できる、って思います。

 牧師に限らず、全ての人が、ですけどね。政治家も評論家も、自分の言葉で話せない人は、信頼するに値しない。




 話戻って、敬礼ひとつでこうも感心させられるとは思ってもみませんでした。

 自分でも身のこなしを見直そうかな。
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by Sterun-schnuppe | 2009-02-22 00:44 | ひとりごと
 いま仙台中心部・定禅寺通で、青葉祭りってのをやってます。ケヤキ並木の続く大通りで、大勢の参加者たちが踊ってました。あ、ちょうど博多どんたくみたいでしたね。派手な衣装のパフォーマーはおらず、だいたいみんな法被(はっぴってこう書くのか)姿でしけど。
 明日、気が向いたら写真も撮るかもしれません。そしたら追加でアップでもしましょう。

 仕事帰りに、その青葉祭りの発祥の地、青葉神社にも寄りました。小高い丘にひっそりと立つ神社。大通りの大騒ぎとは打って変わって、ここには静かな空気が流れていました。


 さてその青葉祭りの行われている定禅寺通に、仙台メディアテークという場所があります。
 ○ Media Theque
 × Mediothek
 ちょっと惜しいけど、なんだか懐かしい響き。Goethe-I.にいた人なら分かりますかね?この感じ… ここは図書館と、ギャラリーやスタジオ、イベントスペースやカフェなどを備えた文化施設で、緑豊かなケヤキ並木に立つ近代的な建物がなかなか素敵。
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 先日ここで、非常に個人的ながら驚くべき記録を作ってしまいました。私、読書が好きな人間では全くないのですが、にもかかわらず開館10時から閉館20時まで、食事の時間以外ずっと居座り本読んでました。
 我ながら驚異的。しかも結構重たい内容の書物。ちなみに言うと、最近遠のいていたR.Steiner関連の哲学書と、名前は頻繁に聞きつつ見た事なかったJ.W.Gotheの「Faust」(ともに読み切らず現在進行中…)。日本語訳なのにドイツ語風の香りがプンプンして、苦笑そして苦戦。いっそドイツ語で読んだ方が分かるんじゃないか?(←8割× 2割○)

 私は「本を読みましょう」と勧められても絶対受け付けない(読書感想文は嫌がらせだと思っていた)のですが、どうも人生の時折で、妙に論理・知識や言葉を欲する時期があるようです。不思議不思議。でも事実。
 そういうわけで、しばしメディアテークに通うことになりそうです。大学には行ってないですけど、まだ学生する必要があるようです。都市部というのは、こういう時に色々な資料にも手が届きやすいので、時として大いなるメリットですよね。
 そして図書館というのも、自分の部屋で本を読むのとは空気感が違って良し。特にメディアテークはガラス窓(というよりガラスの壁)の外がケヤキ並木なので、ふと外を見ると目にも優しい。

 ちなみに今まで知る中で一番読書に適していた場所は、Freiburg - Seebrugg 往復の列車の中でしたね。往復約3時間の静かな、そして適度な走行音の部屋。ふと外を見れば、流れゆく田園・山岳・湖水の美しい景色。RegioKarte(フリーパス)持ってりゃ、追加でお金を払う必要もなく、好きな時に好きなように使える書斎(列車)でした。
 そういやあの頃、実際ただ本を読むためだけのために列車に乗ってた時期があったなぁ。心理学や経済学の本まで持ち出して。勉強嫌いにしちゃぁ、よく勉強したなぁ(笑)


P.S.
 2ヶ月振りに、バイトで「設営・撤去」の類いの現場に行きました。東京国際フォーラムの縮小版みたいな所で、ブースやら何やらいっさいがっさいの撤去。
 やっぱり、こういう現場の仕事は肌に合うんだなぁと思ってしまいました。自分が主体的立場で関わらない限りは人生の稼業にするつもりも無いですが、何らかのかたちで副業として関わり続けるのは良いかもなぁなんて思います。

リクエストがあったので、メディアテークの写真を追加します。
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by Sterun-schnuppe | 2008-05-17 20:55 | ひとりごと
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 昨日今日と仙台は妙に冷えてます。昼間でも上着を着てしまったし、自転車乗るのに手袋まではめてしまいました。夜は寒さに耐えかねて暖房つける始末だったりします。

 毎週末は件のブライダル・カメラマンの研修に入ってます。だんだんメインのカメラマンに「前に比べてずいぶん邪魔になってきたよねー」と言われるようになってきて、それはつまり積極的に場に喰い込んでいけてるということなので良いんですが、いまいち納得のいく写真が撮れない。
 撮り方において、変に凝り固まってきてしまった部分もあるようで、画を斜めに傾けるのを覚えたはいいが、傾けがくどくなっている節もある。まだ同じ式場でしか研修に出てないせいもあるのかもしれないけれど、撮りながら、「あ、これ毎回同じの撮ってる…」と自分で思っていたり。

 加えて、前回は私が新郎新婦に直接ポーズをお願いする機会も貰えたのだけれど、撮りたい構図をイメージするのと、生身の人間が実際の空間で構えるのとでは、まだまだ擦り合わせができてません。2人に並んでもらって、「あ、しまった…こんな画のつもりでは…」となってしまうのが、まだまだ私の現状です。
 披露宴中でも、まだピンやら露出やら構図やらが不安定(+上述の変な癖も)だったりするので、まだまだ反省点は無くなりません。仕方がないので、研修中の色々な失敗を、繰り返さぬよう対策するしかありません。

 即興演奏も同じですけど、その場その一瞬を豊かに描くには、積み上げた訓練が欠かせないのですよね。写真でも、特に動きのある生身の人間を被写体としているのだから、一瞬の大切さを再認識します。

 初めは緊張しつつも幸せそうなご夫婦の顔を見ていると、最高の思い出を作ってあげたいなぁと思います。一生に一度の大切な日、そして、その日の一瞬の輝きを、どれだけ写真というフォーマットで描けるか… それこそ一生かけて追求するようなテーマでしょうね。美術・芸術の世界です。

 ずいぶん奥の深い世界に入り込んでしまいました。
 仙台にさまよい込んだのも、何かの縁ですかね。


 音楽もだけど、どっかで美的感覚を失わないように生きるのが、自分らしい生き方なのかなぁなんて思うわけです。おっと、話が誇大になりました(笑) 将来もし社会的にダメ人間になっても、そうありたいですよね。

おまけ。
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by Sterun-schnuppe | 2008-05-11 19:15 | ひとりごと
 おひさしぶりです。全然記事を書いてませんでしたね。

 近頃は結構頻繁にバイトをやってます。イベント会場のテント設営・撤去だったり、トラスを組んだりもします。イントレやトラスは、やっぱり組んでて面白いですね。トラスの図面もだいぶ読めるようになったので、作業の先回りが出来るようになってきたのは、我ながら嬉しいところ。
 ほかにもショッピングモールでは、季節柄クリスマスの飾り付けを夜の閉店時間中にやったりもしてます。ある時は高さ10mのツリーを立てたり…

 昨日はデパートでお歳暮用のパネル取り付け(あの天井からぶら下がってるスチレンボードのパネル)をやってました。2店舗やったのですが、2つめでは大部分を一人で取り付けてました。この作業自体は昨日が初めてだったのですが、現場監督の人が仕上がりを見て「奇麗だねぇ。本職にしたら?」と言ってくれました。あまり他の現場で褒められることもないもので、これは嬉しかった。


 どうも最近、音楽制作に身が入りません。全くと言っていいほど。というのは、自分の中でひとつ大きな迷いがあるのです。

 いま仕事の関係でよく東京にも行くんですが、たとえば23区内だったら、どこもかしこも五月蝿くないですか? 走り回る車、人のざわめき、加えて大音量のPA(宣伝やら音楽やら)… いるだけで不愉快に感じる事もしばしばです。
 日本に戻ってきて、久しぶりにテレビを見るようにもなりましたが、はっきりいって大部分のプログラムは退屈ですね。なんでこんなのタレ流してるんだろうと、なんでそれでも視聴率はかせげるんだろうかと、疑問でなりません。時間つぶし以外の何でもないんじゃないかと。
 町中に溢れかえる広告も、目に五月蝿い。しかも目を引く色や大きさを使っているから、なおたちが悪い。

 何が驚くかって、それは移動中の電車内でもまったく同じだということ。走行音、開け閉めの多い扉、大量の中吊り広告、必要以上の案内放送(携帯電話は迷惑だから止めてよね、というクドい放送も)。それだけでも十分多すぎると思うのに、多くの人はずーっと携帯電話の画面を見つめていたり、ずーっとイヤホンで音楽聞いていたり、ずーっと携帯ゲーム機をいじっていたり。

  かろうじて眠っている間は別でしょうけど、一日中ずーっと溢れかえる人為的な情報にさらされ続けてることに、私は危険性を感じます。こんな中にいたら、感性を鈍らせる他に生きていく方法はないですよ。何かに興味を向けるというより、大半の情報を受け流していかないと、やっていけない気がします。

 そのくせ仮初(かりそめ)の娯楽や感動を求めて本や音楽や映画に向かうんでしょうけど、私には時間のムダに見えてなりません。音楽なんて、歩いてる時まで聴くほどのものじゃないと思います。少なくとも、受け身一方で聴くようなものじゃないと思います。どんな物語も、どんな映画も、自分自身の人生に勝る感動なんて、ありえないと思います。そんなものに逃げる気なら、もっと一生懸命生きた方が絶対いいと思います。


 私の迷いというのは、この情報溢れかえる世の中に、さらに音楽をプラスする事への疑問です。確かにより良い物を作っていくというのは素晴らしい事だとは思います。でも今、まさに今必要なのは、多すぎるメディアを洗練する事なんじゃないかとも思うのです。音楽を作る事ではなく、むしろ消していく事。洗練された音空間(もちろん視覚その他についても)の中でこそ、本当の感動も味わえるんじゃないかと思います。

 今のメディア(世間一般)は、黙る事を忘れすぎていると思います。意見を伝えるには、みんなこぞって意見を言うよりないんでしょうか。(と言いつつブログを書いているという自分自身の矛盾もある)
 しかし今こそ、沈黙の価値をもう一度見いだすべきなんじゃないかと、私は思うのです。


P.S.
17日〜26日は福岡に行きます。
芸工祭もばっちり見させていただきます。
なお18日は八女でバスツアーをやります!

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by Sterun-schnuppe | 2007-11-14 10:10 | ひとりごと
 最近やったコンサート現場と神戸の音楽祭とでちょっとだけ収入があったので、今後への投資も兼ねてヘッドフォンを新調してみた。といっても、5千円程度のですけどね。まだ贅沢は言ってられません。
 オープンエアーな上に耳パッドが柔らかい布だから掛け心地が良くて、長時間の耳仕事でも疲れが半減する感じ。それにしても、2千円アップでこんだけ音が変わるんだなー、と改めて思った。

 せっかくなので色々手持ちの音源を聴いてみる。へーこの曲こんな音が入ってたのね、とか、あーほんとはこんな響きだったんだー、とか、急に解像度が良くなった感じ。近視乱視で目がよく見えてなかった人がコンタクトレンズを装着したときに感じる、あの感動に近い。

 ていうことは、ていうことです。ドイツでのモニター環境は思ってた以上に悪かったのですね。
 向こうでやってたチカラワザのコンサート録音を聴き返して、ちゃんと業務用マイクでやれた神戸の録音現場と聴き比べて、あーやっぱ4千円のミニマイクじゃダメだ(笑)と。
 当たり前なんだけど、それすらよくモニターできない環境でやってたから、いま改めてその事実をはっきりと認識。うん。消してしまいたい余計なノイズが多いし、音もかなり曇ってる。
 でも同時に、そんな機材というか状況でよくあれだけのことやってたなぁとも思いつつ。

 もうひとつの発見は、手持ちのHi-MD Walkmanの音が思ってたより更に良かったこと。MDという規格自体も思ってたより良かったんだろうし、加えてこのHi-MD WalkmanのDAやアンプの性能も良いんだろう。なんだかイヤフォンばかりで使ってたのが申し訳なく思えてきた。ドイツで買ったせいで日本語の説明書が無いのですが(-_-)これからも最前線で使っていきましょう。


 色々聴いてみるついでに、6月に北ドイツBelzigのZEGGでやった雨の中の半屋外コンサートの録音も聴き返してみた。4千円ミニマイク録音だから音の解像度は当然低く、そりゃ豊かな響きなんてありません。音質という意味ではやっぱダメですよね。でもなんか、こう、胸の中で沸き立つものがあるのですよ。
 自分に記憶があるからなのか、録音だけで再現されるのかは判断できないのだけれど、会場の一体感というかそういう、「音質」では測れないものがあって、録音としての良し悪しを超えたものがあるんだよなということを、ふと思い出しました。

 今でも覚えてますけど、あのコンサートは本当に気持ちが良かった。演奏した側も聴いた側も、両方がほんとうに気持ちよかったコンサートでした。

 「あぁ、オンガクってこういうことか。オンガクって、いいな。」

 何気なくそう思えたときでした。

 近頃は色々と現場でテクニカルな事をしすぎてたせいで、こういう素朴な事を忘れかけていたんだと、ふと気付かされました。いけない、いけない。本質を見過ごしてはいけない。

 オンガクって何なのか。
 ゲイジュツってよばれてるヤツは、何のためにあるのか。
 そもそもなんで人間はモノを作り出すのか。

 芸術でも技術でも、作品を生み出す立場であれ、作品を人々に届ける立場であれ、ここを抜きにしてしまったら、元も子もない。本質を失ったものは、死んでいるも同然だ。


 いけない、いけない。
 本質を見過ごしてはいけない。
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by Sterun-schnuppe | 2007-10-18 02:19 | ひとりごと